murmur * 2021

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2021.05.24

 

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 沈む。


2021.05.23

 

 本日『スイーツ&少女展』が終了しました。現地やwebでご覧くださった方、お迎えしたりご検討くださったりした皆さま、ありがとうございます。
 今回は本当にかわいいテーマだった……描いてて楽しかった……見てても楽しかったです。私ももっと楽しんでいただけるものを描けるよう精進します。
 来月は展示会お休み月です。七月から三ヶ月連続、八月は二箇所の展示会に参加いたします。七月が特に楽しみなんです、プロが額縁選んでくださって、それに収めてくださるんですよ。自分の絵にプロが「この絵にはこれが似合う」と額縁を選んでくださるなんて、そんなの楽しみでしかない。今からわくわくしています。


2021.05.21

 

 去年母に贈ったお誕生日プレゼント。一冊だけ刷ったやつです(冊数や印刷所さんによって数の変動がありますが、サンプルというか予備というかがつきます)。今年は薔薇のジャムを贈りました。薔薇を食べると幸せになるといわれているのですって。素敵!


2021.05.20

 

 今年はmurmur100記事を目標に掲げています。この記事でちょうど50記事目、このペースでいけば100行けるはず!

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 第三章に出てきた紅茶のおしゃべり部分をちょっと改めました。実際は五月の半ば頃に書き直しています。八代は食べ物に贅沢を言わないわりに、紅茶に関してのみちょっとこだわりというか、わりとはっきりした好みがあるので、それをつついたのですが、『ちょっと』であるため非常に捉えづらい書き方をしてしまっているなあと思ったので、わかりやすくストレートな表現に替えました。八代と紅茶のお話を今後小噺で書くかなと考えたときに、「たぶん書かないなあ」と思ったのです。この手の勘は大幅に外れることがあまりないので、勘に従うことにしました。
 八代はほっとくと高いものでもケロッと買うので、ひとりにしておくとお金がかかるのですが、お財布の紐をぎっちぎちに締められても不満をまったく持たないため、ある程度外からコントロールできるタイプです。実際計算能力は人並み以上なので、「上限○円まで」と決められれば、うまいこと決められた範囲に収めます。それなりに成長してからはお金に不自由したことがない上、基本的に物も自分で購入することがあまりなかったためにわかっていないだけ、という感じです。節約しろと言われれば、「節約の仕方がわからない」と言いながら彼なりに努力してくれます。このへんの金銭感覚のズレや、それを弘との間ですり合わせていくちょっとした小噺は書いてみたいなあと思っています。金銭感覚の共有は大切だと思うんですよ。あと食。書くとしてもいつになるやら、まだまったく目途は立っていません。
 日常のわちゃわちゃを書くのはとても楽しいです。『アプラクサスにさよならを』後半を書いているあたりから、生活を書くのは思いのほか楽しいのだということに気がつきました。


2021.05.15

 

 かかりつけの病院の先生がくださったボールペン。

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 五月十一日の雑記にあった「二度と読まねぇからな」について、何があったんですかとご質問いただきました。あんまりキパッとしたことを述べないので、何事かと思われたのでしょうか。不安にさせてしまったり、ご不快に思わせてしまったのでしたら、申し訳ありません。なるべく端的になるようご説明します。
 その作家さんが好きという方がもちろんいらっしゃるので、お名前は伏せます。
 私はその二名の作家さんの本を読んだとき、それはそれはもう大変なショックを受けました。片方の作家さんは丸一日、もう片方の方の作品に至っては丸三日立ち直れませんでした。見方を変えれば、それほどの影響とショックを読者に与えられる作品だということなのですが、私はとにかくつらかったし、しんどかったし、つらい、しんどいと感じている自分自身がとても哀しかった。もうあんな思いはしたくないという気持ちから、「もう二度と読まない」と決めたのでした。本当にすごく疲弊しました。もう……もうあんなつらい思いはしたくない……。
 私の丸一日をぶっ潰した作家さんは、それでも三作品読みましたが、読み終わったあと案の定後悔しました。@はじめて読んだ(→もう読みたくない、つらい)Aアンソロジーに入っていた、読んだ(→飛ばせばよかった、つらい)Bタイトルに惹かれて無視できなかった(→何故私は学習しないのか、つらい)です。
 これだけしんどい思いをする作品群もそうそうないと思います。良くも悪くも私にとっては重いお話でした。


2021.05.14

 

 突然ですが、『紅茶に落とされた角砂糖の運命』を下げました。
 内容が矛盾しているとかそういうことはないのですが、『アプラクサスにさよならを』を中心に考えたとき、時期のわりに語り口が軽く、明るすぎたためです。『紅茶に〜』を書いたときは、ここまで重くなるとは思っていなかったのです。完全に目測を見誤っていました。当時は、構想はあったものの、『アプラクサスにさよならを』を書くことが決定していなかったので、単品でもストレスなく読めるようにした→結果として現在、比較すると軽く明るいとなってしまったんですよ、仕方ない。単発小噺でずしっと重く落ち込んでいたらわけわからんなと思ったことによります。というのが言い訳です。
 これまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。予告なく下げてしまって申し訳ありません。『アプラクサスにさよならを』で『紅茶に〜』のお話がちょっとだけ絡んでいるため、気力が出てくれば、また書き直してアップすることがあるかもしれません。未定もいいところなのでお約束はできませんが、その際は、新しくなった紅茶と角砂糖の運命に触れていただければ幸いです。


2021.05.13

 昨日、愛猫が虹の橋を渡りました。
 茶色と黒のあんよがかわいい、ふわふわで肉球のやわらかい子です。
 うちの子たちの中でも飛び抜けて穏やかで、やさしく、人懐っこい子です。
 一気に逝ってしまった、ように思います。でも、思い返してみると、「最近痩せたねえ」「おばあちゃんになったんだねえ」と言い、撫でる猶予をくれていたので、心の準備をさせてくれていたのだと思います。もちろんものすごく哀しいのですが、こんなに突然いなくなるなんて、というショックはありません。
 あまりにもいい子だったから、想い出はたくさんあるのに、何を思いだしたらいいのかわからない。静かな日々を送る子だったんだなあ。そういえば、怒ったところなんて、あんまり見たことがない気がする。人間に対してはもちろん、新入り猫にもやさしい子でした。
 和室にいたそうです。母が見つけました。
 私は朝、彼女に会いました。おなかがふこふこ動いているのを見て、私は「ああ、生きてる、声をかけたり撫でたりしたらびっくりさせちゃうだろうから、そっとしておこう」と思って和室を出ました。それが生きている彼女に会った最後です。
 声をかければよかった、撫でてあげればよかったと思うけれど、そのときのことを考えると、私は上記のような、とても静かでやさしい気持ちになれています。愛犬が虹の橋を渡ったときもそうでした。同じように思ったのです。生きていることに安心し、撫でたり声をかけたりしたら驚かせてしまうだろうから、そっとしておこう、と。
 後悔したのに、同じことを繰り返してしまいました。
 でも、そのとき、私は確かにやさしい気持ちで離れています。きっと、愛犬や愛猫が、やさしい気持ちにさせてくれたのだと思います。
 晩年は痩せて、くちもとにできものも出来、呼吸も苦しそうでした。それでも、亡くなるまで食欲は衰えず、たくさん食べて安心させてくれていました。おやつも大好きで、欲しい欲しいとねだってくれました。
 これから暑くなります。暑さに苦しむことがなくて、本当によかったと思います。暑さにしんどそうな自分の姿を見せないようにしようと、気候のいいこの季節に逝くことを選んでくれたのかもしれません。
 四月十七日に、十四歳になったばかりでした。
 十四年。
 長いこと一緒にいてくれました。ありがとう。
 おやすみ、ささみ。


2021.05.12

 

 夏になったら籠バッグ。

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