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 ――した?
 しなかった、よね?
 頭の中はぐるぐる回っているし、心は疲れているけれど、以前のようなことがあったから、神経は鋭敏になっている。扉は全部閉めきっているのに、弟の部屋の会話が、ぽつり、ぽつりと、大きな声の部分部分がわかるほどだった。
 恐る恐るベッドから這いずり出し、音を立てないように注意しながら扉に近寄る。
 扉は開いていなかった。
 ほっとする。
 大きく息をついて、胸を押さえた。どくどくと手が震えるほど脈打っている。
 目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。部屋の隅に追いやられていた冷たさと、申し訳程度の電気ストーブのあたたかさが、冬のにおいになって七緒の肺をしっとり(ひた)す。
 テディベアのお尻と床の間に、何か挟まっていた。
 扉と床はぴったりとくっついているわけではない。隙間がある。
 どうやら、その隙間から差し込まれたものらしかった。
 ――安心したら寒くなってきた。
 のそのそとベッドに戻り、大判のショールを拾い上げて羽織った。祖母からもらったクリスマスプレゼントだ。チョコレート色がかわいらしい、雪の結晶模様の手刺繍があたたかい一枚だった。
 丁寧に胸を()き合わせながら(かが)み込んだ。白い、四角い。紙切れ。
 ――年賀状?
 ちらりとお年玉印刷が見える。
 七緒はテディベアのお尻からそっとそれを抜き取った。


 あけましておめでとうございます。
 この間はごめんなさい。
 好きです。

 御園(みその)那津


「……新年早々ラブレターですか……」
 真っ白な葉書に文章と名前だけ。ごめんなさいとしおらしく謝ったあとでこの告白。
 七緒は苦笑した。
 笑うしかない気持ちになってしまったのだった。
「まあ、寒中見舞いくらいなら、」
 ――足音をさせないで歩み寄る。
 息を(ひそ)めて耳を(そばだ)てている。
 声を(こら)えてときめきを抑えているのだとしたら、この扉のむこうで泣きそうになっているのだとしたら。
 もしもそうなのだとしたら、どんなに幼くても、たとえ(つたな)いものだとしても、それはやっぱり恋なのだ。
「――出してあげてもいいかなあ」
 扉のむこうに微笑みかけた。
 足音を消すことだけは超一流のあどけない少年は、今、どんな顔をしているのだろう。





END.
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