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 ショッピングセンターの色といったら、右を向いても左を向いても、ピンク、ピンク、それからレッド。
 ハートが乱れ飛んでいる。
 私は和葉と一緒に、バレンタインコーナーに来ていた。
 和葉は相変わらずのグレーのマフラー。今月末の誕生日、明るい色のマフラーをプレゼントしようか。来年も再来年も冬は来るわけだし。この間はライトグリーンとかレモンイエローと思ったけれど、ベビーブルーも捨てがたい。シャーベットオレンジもかわいくなりそうだ。
 彼方の誕生日はいつだろうか。もう過ぎていないといいけれど。
 そんなことを考えていると、ほんと、我ながら記念日好きだよなあと思う。
 私の隣に並ぶようにして立っている和葉が、ぶるぶるっと震える。彼女の(こん)色のコートから、冬の雨のにおいがした。
「さぶかったよねぇ」
「これ買ったら帰りがあるんだよ? 帰りも寒いよ」
「うう」
 マフラーに(あご)(うず)めて、和葉がくぐもった声を上げた。
「和葉は買わないの?」
 尋ねた先の和葉はニットの帽子で耳まで隠して、ちょっとした不審者に見える。彼女は寒がりなのだ。
 今日は早朝からしとしと雨が降っていた。
 二月の雨ほど冷たいものはない。
 待ち合わせた駅のロータリーで、和葉はずんぐり着ぶくれて、鼻の頭を赤くして待ってくれていた。
「う、うう」
「日本語」
「さぶい」
「……お茶しよう。あったかいものおなかに入れよう」
「う、う」
 うん。
 和葉は震えながら(うなず)いた。



 和葉があまりにもがくがく震えて寒そうなので、私は彼女の分のトレイも持って空いている席を確保した。できれば店の中央、さらに付け加えると暖房真下の席に着きたかったのだけれど、生憎(あいにく)の空席なし。
 私たちは仕方なく、先日のファーストフード店と同じように、窓際の席に座った。
 窓のカウンター席だから、当然窓に向かって座っている。なんだか落ち着かない。
 青磁(せいじ)色のスープカップになみなみ注がれたミネストローネが半分なくなる頃、和葉はようやくまともに話せるようになっていた。
「手作りって気持ち悪いと思う?」
 出し抜けに(たず)ねたのに、
「うーん? どうなんだろう。私はうれしい」
 和葉は理解してくれた。
「あ。でも、差出人が匿名(とくめい)だったらちょっと怖いかなあ」
「それは私も怖い」
 白雪姫の毒林檎を上回っている。
 窓の外は二月の雨に煙っている。いつもは(にぎ)やかなはずの駅前の景色さえ白く(かす)んで、人影も灰色にぼやけていた。
 濡れたアスファルトが、フライパンみたいな色でしんしん冷えている。
「ん、うう」
 隣で聞き慣れた(うめ)き声が聞こえた。
 食事だからと律儀(りちぎ)に帽子を取った和葉の頭は、髪がちょっと絡まっている。あとでトイレに行って()いてあげようと思いながら、私は彼女の紺色のコートがもごもご動くのを肩で感じていた。
「また寒くなってきた?」
「んん、にんじんが」
「何?」
「にんじんが取れない。ひとかけ……」
 (のぞ)いてみたら、スープカップの底に、立方体にカットされた人参(にんじん)がひとつ落ちていた。それを(すく)い取ることができないらしい。
「フォークの部分で刺しちゃえ。ぐさっと」
(つぶ)れないかな」
「潰して掬えばいいよ」
 自分で言っておきながら、どういう状態になるのかわからなかった。
 和葉は素直に、スプーンとフォークが合体したみたいな名称不明の銀器の先で、なんとか人参をものにしようと苦戦している。
 私の手には、大きなマグカップに入ったココア。トレイの上には、ハムとレタスを挟んだクロワッサンと、ベイクドチーズケーキが並んでいる。
「成就せぬ恋、か」
 (つぶや)きは、無意識に零れた。
 和葉は人参との格闘を中断して、唐突に私を真っ直ぐに見た。
「成就せぬことが問題なのではないのだ、友よ」
 真面目な顔で言うから、私は思わず吹き出した。
 うん。
 でも、ほんとにそうなんだ。
 成就せぬことが問題なのではない。
「少女漫画みたいにさ、彼方がヤなやつだったらわかりやすかったのにねえ」
 そう言って、私はココアを飲んだ。
 切実に思った。
 私は、彼方に、有栖川くんに恋していてほしい。
「純情と慕情を貫くんだね」
 和葉の言葉は、私の幼い核心をやさしく突いた。
 成就させないことが唯一の純情で、告げないことでしか守れない唯一の慕情。
「そういうのがあってもいいじゃない?」
「青春だもんね」
「そうそう。恋と友情を天秤(てんびん)にかけるなんて考えが、そもそも馬鹿馬鹿しいし浅はかなのよ」
 ――有栖川くんに、恋していてほしい。



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