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「君はまだまだ子どもだということだよ」
「わかってるよ! でも子どもなのは今だけだ。俺だって大人になる!」
「はっは、違いない」
「だから、そんな声で笑うなって!」
「私はこの笑い方しかできんのだ」
 責められても、泣かれてもどうしようもない。
「君の言うとおり、君もすぐ大人になる。さっきも言ったが、人生は長いんよ。子どもでいる時間よりも、大人でいる時間の方がはるかに長い。その中で、今日のことを忘れる日が来るかもしれない。――ああ、大人についてだが、精神はそれぞれだから知らん。身体の話に限る」
「何言いたいのかわかんねえ。あと、絶対忘れねーから。大体、俺、諦めてねーし」
 負け惜しみのような口ぶりだったが、重の瞳が存外きらきらしかったので、とおるはいつもの、明るく枯れた、緩い諦観に満ちた笑声(しょうせい)を上げた。
「はっは、なかなか(ねば)るのう」
「当たり前だろ! 俺は延長入って負けたことは一回もねえ!」
「そういやあ剣道やっとるんだったか。うん、負けん気が強いのはいいぞ」
 ――死ぬ予定は立てられんのだ。申し訳ない。
 重の、恐らく初恋は叶わないのだが、それもまた人生だ。
「私の答えは変わらんが、君の諦めがつくまでいくらでも付き合おう。何せ人生は長いからな」
 空気が冷たくなってきた。花見はお開きだ。
 とおるがきれいに立ち上がる。重は(さと)く座布団を両手で抱えると、彼女の腹にぐいっと押しつけた。
 おお、と声を上げて受け取る。礼を言うより早く威嚇(いかく)された。
「また花見しに来るからな」
 とおるは呆れた。
「見んかったじゃろ。全然」
 重は引かなかった。
「だから来るんだよ。今度はコンビニのじゃない団子持ってくる」
「コンビニのでいいが」
「違うの持ってくる!」
 とおるは「そうか」と笑った。
「私の答えは変わらんぞ」
「そんなのわかんねーだろ。人生が、とおるが言うほどほんとにそんなに長いなら、考えだって変わるだろ!」
「うん、そうか。それもそうだな」
 とおるに肯定されたのが予想外だったのか、重の狐目が拍子抜けした。とおるはよいしょと大きな厚い猩々緋の座布団を片手で抱える。
 今は両手でなくては無理でも、この重い座布団を片手で軽く抱えられるようになる日が、この少年にもやってくる。
「私は寝てるか起きてるかだ。晴れが続いたあとなら好きなときに来るとええ。でもとりあえずは、」
 すっと腰を落として、重と視線の高さを合わせる。重の顔が真っ赤に染まった。何がそれほど赤面に(あたい)するのか、枯れたとおるにはわからない。
 けれども、はじめて会った日の、赤い紅葉を思い出した。
「爪()ぎ直して一昨日おいで。仔猫ちゃん」
 やさしく言って、とおるは痩せた蒼白い指先で重の鼻先をつんとつついた。
 ――そういえば、初春の季語に『猫の恋』があったなあ。
 初春はとうに過ぎているし、卯月は初夏なのだけれども。
 桜が咲いて舞い散るのだから、四月はやはり春なのだ。
 とおるは穏やかに目を閉じ、また思った。
 ――だが、季節は巡るものなのだよ、君。





END.
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