back  |  六月 梅雨明け、コンビニにて   
「六花ちゃん、俺のこと好き?」
「……今度はなに……?」
 こういうことを(てら)いもなく尋ねられるところを見るたび思う。
 彼はとても愛されて育ったのだろう。
 自分のことを好きか、なんて、年齢を重ねるほど難しくなる質問だ。その先の回答を怖がる気持ちが出てくる。それは相手を疑っているという意味ではなく、自分の価値を迷いなく信じられないからだった。
 愛されている子どもが、「お母さん、わたしのこと好き?」と問うのとはわけが違う。
 でも、柘植さんはそれをやる。
 自信過剰だとか傲慢(ごうまん)だとか、そういったことではなく、ただ単純に()いてくる。
 彼はきっと、その質問を純粋な気持ちでぶつけることが、どれほど困難なことかわからないのだ。
「俺は六花ちゃん好きだよ」
 無邪気に笑って、のほほんと言うので、私はうんと頷いた。
「わたしも柘植さん好きだよ。でも裸って、なんで」
 これだけあっさりと好きと言えるのも、相手が柘植さんだからだ。ほかのひと相手だとなかなかこうはいかない。羞恥心(しゅうちしん)が先に立ってしまう。
「裸がいちばんまっすぐきれいだからだよ。……好きなひとを撮るんだ。絶対にきれいに撮ってあげられる。六花ちゃんも俺のこと好きなら、絶対きれいに写るよ」
 ――恥ずかしげもなくよく言えるよなあ。
 感動さえ覚える。
「……でも」
 裸はやっぱり恥ずかしい。
「おなかぷにってしてるし」
「女の子はぷにってしてる方がかわいいよ」
「そんなレベルじゃないの。お尻だってきれいなかたちしてるわけじゃないし、足も太いし」
「気になるなら、わかりにくい構図とポーズで撮るよ」
「胸だって……」
「……? 女性の裸って、それだけで芸術品なのに?」
 ――反論しづらい内容だな。
 柘植さんは快活に笑った。
「ミロのヴィーナスとか、サモトラケのニケとかきれいでしょ? ニケは服着てるけど」
「そ、そんな美の(かたまり)と比べないで! 失礼だよ」
 世界の頂点に君臨する、どんな女性も敵わない美の集大成ではないか。烏滸(おこ)がましいにもほどがある。並ぼうと考えただけで神罰が下るレベルだと思うのに、柘植さんはまったく意に介していないようだった。
「ニケってきれいだよねえ」
 突然話題が変わって……変わっていない気もするけれど、裸の話からはひとまず()れた。私は胸を撫で下ろす。
「そうだね。実物は見たことないけど……羽が素敵。あとは、……おかしいって思われるかもしれないけど、首」
 サモトラケのニケはギリシャ共和国のサモトラケで発掘された像で、現在はルーヴル美術館に所蔵されている。確か、勝利の女神様だったような気がする。豊穣(ほうじょう)だっただろうか。
 細かいことは覚えていない。でも、(たたず)まいはよく覚えていた。学生時代に社会の教科書の資料集で見ただけだけれど、とても美しかったから。
 サモトラケのニケは女性の像で、大きな翼を優美に、そして大胆に広げている。片翼は断片と化した状態で見つかったらしいけれど、見なくても想像できる。たとえ復元された状態を知らなくても。それくらい意思を持った彫像なのだ。後年発見されたという右手もルーヴル美術館に所蔵されていて、手の表情は大きく広げられているのだという。胸を張り、右足を一歩前に出している姿が凛然(りんぜん)としていて美しい。身に(まと)っている薄い布が後ろに向かって流れているから、なおさら堂々としているように見える。
 そして何より、首がない。
 首がない、というのも、がたがたに砕かれた(あと)があるとか、ひどい(ひび)割れがあるとか、そんなことはなく、根元からきれいにスパッと切られたようになかった。
 残酷さを感じさせさえしないその(いさぎよ)さが、とても好きだ。
「おかしくなんかないよ。俺もきれいだと思う。……きっと、神様が彼女に恋したんだ」
 黒いバッグから大きなカメラを取り出して、柘植さんが静かな声で言った。
 無邪気で好奇心旺盛な少年ではない、()いであたたかい青年の声で。
「彼女があんまりきれいだったから。……でも、自分のものにはできなかったから。だからきっと、せめて首だけでもって思って(さら)っていったんだ」
 ――ロマンチストだなあ。
 柘植さんは美しい夢を見る。
 私も柘植さんも、歴史的なことを何も知らないわけではない。でも、そう思ってしまうほど、確かに彼女は美しいのだ。
「『わたし、あなたのくちびるにキスするわ』」
 サロメの台詞(せりふ)をなぞった。
 柘植さんは少し驚いたような顔をして、それから破顔した。
「そう。キスしたかったんだよ、きっとね。それくらいきれいだったんだ。一緒に見に行こうね」
 何気なく差し出される約束は、いつもやさしい。
 そのたびに私が泣きそうになってしまうことに、彼は気づいているのだろうか。
「写真もだいぶ増えてきたし、六花ちゃん、この部屋もう狭いでしょ?」
 唐突に問われて、私ははあと肯定でも否定でもない息をついた。
「不満なんてないよ。狭いのが――小さいのがいいの」
 わさわさいっぱい吊り下がっているのが好きだった。この部屋は、柘植さんが私に贈ってくれた宝箱なのだ。
 私は、小さな宝箱が、たくさんのささやかな宝物で満たされているのが好きだった。ぎゅっと詰まっているのがいい。
 柘植さんがくすりと笑う。
「六花ちゃんはカメラの語源、知ってるの?」
「んん、知らない」
「そうなんだ? 小さいって言うから、知ってるのかと思った」
 写真はもう何枚吊り下げられているのかわからないほどたくさんだ。
 もしも百枚だったら私は百の空の下にいるし、千枚だったら千の空の下にいる。
 そのすべて、柘植さんが私のために贈ってくれた空だった。
 そんな部屋が、狭いはずがない。
「カメラの語源は『camera』。ラテン語でね」
 さらさらさら、と空が鳴った。
 風が吹くと、私の空は歌を歌う。
 だから、一年のほとんどを柘植さんと過ごせなくても、私は寂しくなかった。
 五月の空はやさしい。そういえば、ここの窓は柘植さんがくれたポラロイドの比率に似ている。
 首を(めぐ)らせて窓を見た。
 私と柘植さんの頭上で、無数の空がさらさらさらさら歌っている。
 すっきりと晴れた空は、柘植さんのシャツのにおいと似ている。
 柘植さんが私の頬に触れた。
 彼の手は、いつも少し乾いている。
 ふに、とつつかれて、私は柘植さんに向き直った。
「ラテン語で、『小さな部屋』っていう意味なんだ」
 柘植さんは微笑して、すっとカメラを構えた。
「閉じ込めてるみたいで、ごめんね」
 ――小さな部屋。
 無数の空が広がる小さな部屋は、私の宝箱だった。
 柘植さんが今手にしている黒い無骨なカメラもまた、彼の宝箱であり、同時に小さな部屋なのだった。
 そして、その黒い無骨な小さな部屋は、私の小さな部屋に青い宝物を贈ってくれる。
 私は微笑んだ。
 閉じ込められているなんて思ったことが、一度もなかったのだ。ただの一度も。
 私は束縛を望んだわけではなかった。ただ、私と彼の間にある小さな部屋が、私にその言葉を選ばせた。
 ここはいつも、世界中のどんな場所よりも開かれている。
「ずっと閉じ込めてて」
 私の(ささや)きは、ポラロイドの窓から吹く晴れた風と、無数の空がさざめく声にほどけた。

 柘植さんがシャッターを切ったのか、私は知らない。






END.
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