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「いや、制服と全然違って見えるなあと思って。背高くて髪短いからか? パンツ姿かっこいいじゃん」
「……えっ」
 思いもよらなかったことを言われた。
「スキニー似合うよ。なんか、そこらの男より女の子にもてそう」
「…………」
 かぁっ、と(ほほ)が熱くなった。
 蒸し暑いせいじゃない。
 短い髪も、デニムのパンツスタイルも、お姉ちゃんに(あこが)れて真似していることだ。私はお姉ちゃんを誰よりかっこいいと思っている。その私を見てかっこいいと言ってくれた、ということは、お姉ちゃんが評価されてるってこと、
 ――だよね。
 清家くんはお姉ちゃんのこと、知っているのだろうか。
 うれしい。
「傘持ってどうしたの? 一方的に待ってるって」
 清家くんはなんの遠慮もなくずけずけ()いてきた。嫌ではないから不思議だ。
 ――かっこいいって褒めてくれたから?
 そうかもしれない。はじめてだった。かっこいいなんて言われたの。
 私より背の低い男の子に褒めてもらえたのもはじめて。しかも、社交辞令ではないっぽい。
 不確かだけれど、うれしいのだからそれでいい。
「この傘を貸してくれたひとがいて、返さなくてもいいって言われたんだけど。でもやっぱり返したくて」
 会いたくて。
 清家くんが、何か(ひらめ)いた顔をした。
 さわ、と吹いた風が、清家くんのつんつんした短い髪と、私の、お姉ちゃんとよく似た細い針金みたいな髪を少し揺らす。
 アスファルトの熱気を(はら)んだ空気が、頬をゆるりと()でていく。
「なるほど、()れてる」
「ち、違うよ」
 会いたいだけ。
「お菓子? まで持ってるじゃん」
 てのひらに乗るほどのペーパーバッグなのに、目聡(めざと)い。今さら遅いけれど、抱えるようにして腕で隠した。
 なんでおもしろくなさそうな顔をするのだろう。なんだか責められているみたいな気になる。
「借りたものを返すんだから当たり前だよ。知らないひとだし、なおさら」
「返さなくていいって言われたのに?」
「それは、そう……だけど……」
「だけど?」
 ……。
「清家くんこそ何してたの?」
 言葉がなくて質問を突っ返した。
 清家くんは着ている白いシャツを両手で(つま)んでぴんと引っ張り、ほら、と私に示してきた。
「訊くなよぉ。この格好見りゃわかるだろ?」
 制服姿だ。
 半袖。
 そうか、もう夏だ。
 ――梅雨が明けるんだ。
「部活?」
 大きなリュックだったし、清家くんは運動部っぽい。にしては、中途半端な時間か。さっき携帯電話で時計を確認したら、一時半だった。
「補習。俺、数学全然だめなの」
「……なぞなぞと一緒だよ?」
 数学って、何か難しいところがあっただろうか。英語なら共感できるのだけれど。
 清家くんは、まずいものを食べたような顔をした。
「うぇぇ、そういえば有馬って結構頭いいよな」
 そんなことはない。
「なぁ、有馬。ほんとにそいつに惚れてないの? 男だよね?」
 話が戻った。
 そんなにつまらなそうな恨みがましい目で見られても、心当たりのない私は困惑するしかない。痛くもない腹を探られなければならない理由がわからなかった。
「惚れてなんかないよ。男のひとだったけど、お姫様みたいだったんだもん。すっごいきれいなひとだったんだから」
 今でも思い出せる。黒曜石の瞳の人魚姫。
「あんなにきれいなひと見たの、はじめてだったんだからね」
「男なのにお姫様? 想像できない」
「想像なんてできないよ。誰にも似てないひとだった」
「……惚れてるじゃん」
「ねえ、さっきから何を言いたいの?」
 我慢したつもりだったけれど、声が怒ってしまった。
 私の理解力に問題があるのかもしれないけれど、清家くんにだって問題がある。まどろっこしい。言いたいことがあるのなら、はっきり言えばいいのだ。
 清家くんが半袖の腕を擦る。少し陽灼(ひや)けしていた。
「有馬ってさあ、鈍感って言われない?」
 私は今度こそむっとした。
「何それ」
「よっ、と」
 私の怒りを無視して、清家くんは突然縁石の上に立った。
 身長が、私よりすこし高くなる。
「有馬さ、身長差って気にする?」
「誰と誰の?」
「付き合うとしたらさ、あ、その前か。好きな異性のタイプってやつの条件のうちに、『私より背の高いひと』っていうのがあったりする?」
 至近距離で、ぴゅう、と高く澄んだ鳥の声がした。びっくりして見回したら、清家くんの口笛だった。
「ないよそんなの」
 力が抜けて、怒っていたのに笑ってしまった。身長差なんか、気にするだけくだらない。
「まあ俺もまだ伸びしろあるし、いいよなそれは」
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