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十月

ハッピー・ホップ






 自分で言うと信憑性(しんぴょうせい)(いちじる)しく低下するし、本当にそうなのかと追及されると口ごもってしまうけれど、私はたぶん、そんなに欲深い方ではない。
 好きなひとがいて、奇跡的にそのひとも私を好きでいてくれて、恋人同士。夢みたいだ。すごくうれしい。
 うれしいけど、けど、けど。
 でも!
 誕生日を忘れられたなら、怒ったってたぶん(ばち)は当たらない。
 ブランドもののバッグに興味はない。高価なアクセサリーが欲しいなんて言わない。実際欲しいと思わない。もちろんプレゼントしてもらえたら喜ぶけれど、それは彼が贈ってくれたと思うからこその喜びなのだ。私のことを考えながらプレゼントを選んでくれたと思うから嬉しい。私は、プレゼントの価値はそういうところにあるのだと信じている。
 要するに、物理的祝福であるプレゼントはおまけのようなもの。
 本当に欲しいのは、「誕生日おめでとう」の一言だった。見栄(みえ)虚勢(きょせい)を張っているわけではなく、それだけでよかった。大体、誰に自慢するわけでもないのだから、自分の胸中で自分に対して見栄を張るなんて疲れるだけだ。
 郁巳(いくみ)くんとはただ今絶賛遠距離恋愛中。彼は現在、大阪にいる。
 遠いのか近いのか、いまいちイメージしにくい。私は自動車で往復四時間は近所のうちだと思っているから、余計に距離感を(つか)めなかった。まあ、電車と新幹線を使っても半日丸々潰れるのだから、一応遠い部類なのだろう。
 電車と新幹線なら楽だ。自分で運転しなくていい。疲れたら眠れる。荷物の盗難防止に気をつければいいだけだ。乗り過ごしたって、改札をくぐらなければいいのだし。
 そう考えると、近いよなあなんて思う。
 行きたいな、行っちゃおうかなと思ったりもする。
 ただ、私も郁巳くんも、社会人なのだった。
 予定のすり合わせはなかなか難しい。勤め先が違うというのももちろんあるけれど、今は住んでいる場所すら遠い。
 ――いや、それでも日本国内なだけまだましなんだろうな。
 パスポートなしでいいのだ。文句も贅沢(ぜいたく)も言うまい。
 ――いやね、だからね、だからこそ「おめでとう」が欲しかったのよ。
 そうなのよ。
 なのに、電話もメールも来なかった。待っているだけでさめざめ泣いてみせるなんて、いやらしくて自分に嫌気が差すだけだ。だから、私からメールをした。郁巳くんの仕事は時間が不規則だから、いきなり電話をするのは失礼だと思ったのだ。もしも寝入りばなだったりしたら申し訳ない。
 で、その郁巳くんから来た返信。
 ――ごめん。忘れてた。
「はぁ?」
 私はベッドの上で思いっきり顔を(しか)め、声に出してしまっていた。
 いやだからさあ、忘れてたのはもうわかってるし、うん、ごめんって言ってくれたからいいよ十分だよ。ちゃんと謝ってくれて、それは嬉しいよ。でもさ、なんでそこで「おめでとう」が出てこないのかな、ねえ、ちょっと!
 と、昨夜の私は怒り心頭だった。お風呂上がりで髪を拭いていた私は、その短い髪を全部むしり取るみたいな勢いでバスタオルで頭をめちゃくちゃに()き回した。
 哀しいより呆れて、呆れより腹が立って、怒りより情けなくなって、結局涙も出なかった。泣くにはあまりにも疲れてしまっていたのだ。
 うん、小さく(うなず)いて顔を上げる。園芸店の仕事は重労働だ。重いものばかりだし、夏は暑く、冬は寒い。
 私は九月とか十月とか、あとは三月とか、そういう季節が少し苦手だった。暑いのか寒いのか、はっきりしない季節。ものすごく暑い日もあれば、寒い日もある。夏服と冬服、一体どっちを着てほしいのよ? という中途半端な季節は、どうにも宙ぶらりんな気がして居心地が悪い。上着で調節なんて言ったところで、現実ではたかが知れている。
 今日は暑かった。
 私は朝から半袖で仕事をしていた。ボランティアの男の子ひとりを除いて、ほかのスタッフも同様だった。
 さすがに陽の加減は夏とは異なっている。なんだか、どこか物寂しい。
 腹立ちまぎれに朝からせっせと仕事に精を出し、気づけば空はノウゼンカズラみたいなオレンジ色に染まっていた。
 十月だけど、烏瓜(からすうり)とは言えない。私の中では、烏瓜みたいな真っ赤なお空は、吐く息冷たい秋の情景なのだ。
 山の遠景(えんけい)が影絵になっていて、毎日定時で帰宅する(すずめ)の群れや(からす)の声が高く聞こえた。
遠野(とおの)さん。お会計お願いします」
 背中で涼しい声が聞こえて、私は抱えていたプランターを下ろした。テラコッタだから、割れないように注意して道の(わき)に置く。
「重いもの持っていらしたのに、すみません」
「思ってないでしょ」
「思ってますよ」
 淡いピンクのガーベラを一輪持って、しれっと言う男の子に、私は「うっそだあ」と笑って返した。
 ほかのお店は知らないけれど、私が勤めている園芸店では、破損を防ぐために割れ物の運搬の交代はしない。台車に乗せている場合は当然別として、抱えているテラコッタを「重いでしょう、代わりに持ちますよ」なんて言って、ノートやファイルみたいに受け渡したりはしないのだ。どうしてもという場合、必ず一度下に置く。
 その、一度必ず下に置くというのが意外と面倒くさいので、男女問わず大体みんな自分でやってしまう。仕事だってたくさんあるわけだし、それで回っているのだから、現状不満は出ていなかった。
「ちょっと待ってね」
「はい」
 園芸店の名前がプリントされたモスグリーンのエプロンを軽く(はた)いて(ほこり)を落とす。その程度で何が変わるわけではないけれど、礼儀だと思って私は欠かさない。
 レジは雨避けのボックスの中にある。屋根のついたカウンターといった方が正しいのだろうか。高速道路の料金所みたいな感じ……
 ……今って主流はやっぱりETC?
 そういえばずっと走っていない。
「今日何かあるの?」
 ボックスの中に入りながら(たず)ねると、久我(くが)くんは涼しい顔のまま少し不思議そうにした。
「何かってなんですか?」
「いや……」
 男の子が花を一輪買うって、そんなにありふれた光景ではないのですよ久我くん……。
 しかも、久我くんは高校生だ。母の日ならわからないでもないのだけれど、なんといっても今は十月。
 男の子がわざわざ花を買うようなイベントがあっただろうか。
 久我くんは週末に不定期でやって来るボランティアの高校生の男の子だ。アルバイト禁止の学校ではないらしいから、どうせならアルバイトにすればいいのに、と思ってしまう。三年生だから問題があるのだろうか。私はアルバイト禁止の高校だったから、どういう事情なのか、想像が難しい。
 ――高校、大学と同じところでバイトするってあるよね? 三年のときはお休みする校則があるとか?
 それならなんとなくありそうな気がする。本人が進学希望か、就職希望かは置いておいて、一般的には受験生で(くく)られる年なわけだから、家庭環境の都合がなければ変わらず働くのは難しそうだ。
 なんにせよ、久我くんはボランティアなのだから、ものの数には入らないだろう――と、思う。けれども、事実上どうなのかは私には知りようもない。
 久我くんはものすごくよく働く。しかも詳しい。名誉だけではもったいないと思うほどしっかり戦力してくれているのだから、報奨金(ほうしょうきん)(あたい)する。店長だって、久我くんを正当に評価している。
 それでも久我くんは(かたく)なにボランティア。時間が空いたときにしか来られないからというのが主だった理由らしいけれど、本当にそれだけなのだろうかと疑ってしまう。
 たぶん、久我くんが年齢のわりに落ち着いているからだ。
 何か秘密があるのではと感じてしまう。だからといって詮索(せんさく)するほどの興味はないし、私にはそんな根性も出てこない。
 レジのカウンター越しに、久我くんをこっそり(うかが)った。
 久我くんは、顔立ちは特別美形なわけではない。でも、輪郭(りんかく)が繊細で、時折どきりとするほど(はかな)く見えることがある。銀縁の薄い眼鏡をかけていて、背が高くて手足も長い。表情は豊かとはお世辞にも言えず、思いっきり笑ったところなんか一度も見たことがなかった。
 愛想(あいそ)はないと思うのに、何故か腹は立たない。お客様の受けも悪くはない。仏頂面(ぶっちょうづら)なわけではないのだ。応対は丁寧だし、説明もわかりやすくて、声も聞き取りやすい。ついでに、どこに何がどれだけあるのか、週末に不定期に来るだけのボランティアとは思えないほど把握(はあく)している。そして、久我くんは、
 ――微笑のきれいな男の子だった。
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