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「どうしてそんなことばっかり言うの?」
 どうしたらいいかわからないというように、彼方は手を伸ばしておにぎりを取った。のりをぱりぱり言わせながらひとくち食べる。
 僕のそれは本心だった。紛れもなく。祖父のときのように、大切なひとを失う瞬間を想像して怯えながら暮らすのは、苦しかった。つらかった。祖父を失って、今まで祖父に向かっていたその心配、無念や祈りが、すべて彼方に向かっていっているのがわかる。
 恐ろしかった。
「有栖川、私が死ぬのが怖い?」
「怖いよ」
「でも私、死ぬときは死ぬよ。有栖川のあとだからとか有栖川より先にとか考えなくても」
「わかってるよ」
 彼方の(まつげ)が震えていた。
 僕は苦笑する。手を伸ばして、彼方の前髪をくしゃくしゃと撫でた。
「泣き虫」
 (しずく)の弾けた睫を拭うように手を目もとにやり、彼方は、
「有栖川が泣かないから。有栖川の泣かない分の涙が、こっちに移ってくる」
 と言った。
 子どもじみた責任転嫁に、僕はまた少し笑った。彼方が泣きたいのを我慢しているのを見ると、僕の涙腺が緩くなってしまうことを思い出して。
 その笑みには、ほんの少し、涙がまじった。
 そうだね。
 僕らはいつだって、お互いの涙になれる。
「そんな、いつ死ぬとか、そんなんじゃなくて――心配で何もできなくなるとか、そんなんじゃなくて。もっと違う生き方をしても、(ばち)は当たらないよ。有栖川がそんなんじゃ、明日死んでもいいように生きてるっていうのもすごく哀しいことに思えてきちゃう」
 涙が彼方の頬を伝う。指先で拭ってやると、しがみつくように抱きついてきた。僕はおずおずと頼りない背中に腕を回す。彼方の身体はやわらかく、あたたかく、確かにここに存在していた。
 僕の隣に、存在していた。



「ずずいと近づいてきますね」
「何が」
「受験。暢気だね有栖川」
 彼方が他人事ながらに言うのが可笑しくて、僕は声を立てて笑ってしまった。
 高校最後の夏は、例年にない猛暑に見舞われた。
 目もくらむほどの明るさを持った空は、輝くような入道雲を(たた)えて大きく広がっている。外はじりじりと焼けつくような暑さだろう。だろう、というのは、僕が図書館にいることに起因する。図書館といっても学校だ。職員室と保健室以外では唯一の冷暖房完備の特別教室。校舎とは完全に別棟だから図書館と呼ぶ方が正しいのだろう。実際、図書室と呼ぶ人間はほぼいない。
 屋内全体が涼しい。
 窓は締めきってあるが、それでも蝉の大合唱は聞くことができた。
 夏休みもはじまったばかりの、七月下旬。図書館の人気は少ない。水泳の授業の補習だとか、部活が忙しいのだろう。野球部や陸上部などは最たる例だ。
「有栖川」
「何?」
「宿題はいいの?」
 いつものように読書している僕を、心配してくれているらしい。
「ああ。うん、あと作文だけなんだ」
「すごい。はやーい」
 感嘆の溜息をついて、彼方は目をきらきらさせる。僕は苦笑してしまう。
「彼方だってあとその数学だけじゃないの?」
「うん、まあ、そうなんだけど。私の場合その数学っていうのがさ、ネックなの」
「なるほど」
 僕は笑いながら、閉じていた本をぱらぱらとめくった。
「今度は何読んでるの」
「これ」
 興味津々(きょうみしんしん)で訊いてきた彼方に、ひらりと表紙を見せる。山海経(せんがいきょう)、とあった。彼方がばっと身体を起こす。
「貸して! お願い!」
 お願い貸して!
 そんなに力を入れなくてもいいのに、彼方は必死で僕に頼み込んできた。鳥山石燕(とりやませきえん)が大好きで、部屋には鳥獣戯画(ちょうじゅうぎが)が飾ってある彼女は本当に妖怪変化の(たぐい)が好きだ。幼い頃には妖怪を描く絵描きさんになりたいとも言っていたのだが、残念ながら彼女は絵の才能に恵まれているとはお世辞にも言えない。
 「宿題が終ったらね」と笑うと、彼方は一瞬困ったような情けない顔をして、それから「がんばる」と頷いた。
 そのくるくる変わる表情に、目を細める。
「全然関係ないんだけどね」
 僕はひとしきり笑ってから、視線を落とした。
「客観ってなんだろうと思うんだけど、彼方はどう思う?」
 本当に関係ないなあ。
 彼方が可笑しそうに笑い声を立てる。が、彼女は僕のこういった問いかけに慣れているから、すぐに話を聞く姿勢を見せた。
「客観って、本当にあるのかな。主観を通さずにものを認識することってできると思う?」
 彼方は数学のテキストを閉じ、ノートを閉じた。
「客観と主観ん……」
「客観は個人的なものを交えずに、公平な立場に()いて見たり考えたりするもの、或いは、いつ誰が見ても変わらない同一のもの。人間の行動や思惟(しい)に左右されないもののことだ。主観というのは、対象と成り得る一切を除いて対象化の不可能なもの、つまり意識それ自体を言う。自我と言い換えてもいい。でも、何を認識するにつけ自分の五感のいずれかを通すだろう。その時点で、客観性っていうのは少なからず否定されてるんじゃないかなと思ってね」
「通知表に何か書かれたの?」
 勘がいい。僕は、書かれなかったけど言われたんだ、と返した。
「客観的にものごとを見られるねとかなんとか。それで少し考えたんだ。客観性っていうのは、どういうことなのか。――いつ誰が見ても変わらない、同一といっていいものが本当にあるのかどうか」
 蝉の声が大きくなった。暑そうだ。
 彼方は、「本当は客観性なんてものはない、って仮定したとして。ないものを認識するのは可能かなあ」と零した。
 僕は、それなんだよと返す。
「彼方、不確定性原理(ふかくていせいげんり)って知ってる?」
「知らない。物理学は今のところあんまり()かれない」
「知ってるんじゃないか。量子力学(りょうしりきがく)にあってね。あ、僕が言いたいのはハイゼンベルクが行った思考実験の話だよ。簡単に言うと、観測するという行為自体が対象に影響を与える、正しい観測結果は観測しない状態でしか得られないっていう理論なんだけど、客観とか主観っていうのも、少しそれに似てるなと思ったんだ。短絡的な素人(しろうと)考えだけどね」
 彼方は、僕の台詞を頭の中で反芻(はんすう)しているようだった。それからこくりと首を傾げて、
「客観性は観測しない状態でしか得られない、って? こと?」
「うん……それでも、その場合客観性っていうものそれ自体は確かにあるわけだろう。存在しないものを観察・観測することは不可能だからね。まあ、存在することってものは存在しないんだから、こういう言い方もおかしいんだけど」
「なんだかよくわからないけど有栖川は何かかたちのないもので認識したいモノがあるんだね」
「うん。何が言いたいかっていうと、永遠ってなんなのかなあってことなんだ」
 ……何?
 彼方が眉を顰める。
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