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 私はあんまりにも幼すぎた。助けてほしくても、わかってほしくても、私が幼すぎたために、有栖川は何も言えなかったんじゃないか、と思いました。ずっと一緒だったのに、せっかくふたりでいたのに、私は有栖川を受け止められなかったんじゃないかと思って、そうしたらすごく哀しくなって、胸が苦しくなって、ハレを埋めた隣に座って、泣きました。
 生や死はこんなにも身近にあるのに、生を受けたひとは必ず死ぬのに、それは誰だってわかっていて、けれど、それらが『何であるか』はわからなくて、だからずっとずっと昔からいろんな国で、いろんなかたちで、いろんなひとが論じてきたけれど、まだ答えは出ないようです。それが『何』であるかは、未だわからないままのようです。
 私もさっぱりわかりません。
 ただ、私たちが『成長』と名づけられた時間の中にある頃、おじいさんは私たちと同じ時間に生きながら、おじいさんの時間は『成長』ではなく、『老い』だったのだということがわかりました。
 ハレもそう。私がハレを拾ってきてしばらくは、ハレは『成長』という時間を過ごしていた。けれどいつか、誰も気がつかなかったいつかから、ハレの時間は『老い』になっていたのだろうと思います。
 心がどんなに元気でも、これはどうにもできない。どうにもならない。肉体はそういうふうに出来ているから。死を迎えられるように出来ているから。
 私は今、どこにいるんだろう。有栖川は今をどう思っているの?
 生死や時を考えるのは結構なエネルギーを必要とすることがわかりました。すごく難しい。それでも、私のこんな思考さえ、時の流れの中では川底でゆらゆら不安定に揺れている小石でしかなくて、これからどこへ行くのかさっぱりわからないものでしかないみたい。
 永遠ってなんだろう、と考えます。
 高校生のとき、あの夏、ちゃんと覚えています。私は「ずっと続いていくことだと思う」って答えた。その言葉に嘘はなかった。今でもそう思っています。 『変わらないもの』のことじゃなく、『続いていくこと』が『永遠』なんだと思っています。
 私はまだまだ未熟で、自分が未熟であると認識するのは時に何かのものごとから逃げる理由になってしまうけれど、わかっているけれど、やっぱり私が未熟者であることに変わりはなくて、
 ええと、つまり、私はまだ、生や死、生きることや死ぬこと、時というものを(とら)え説明し得る言葉を持たない。永遠についても、きっとまだ全然捉えきれていない。永遠という言葉の意味も、永遠という時に関しても。
 それでも私は、永遠は続いていくことだと思います。
 これははっきりそう思います。
 永遠は続いていくこと。
 だから私は、自分が永遠じゃなくていいと思います。

 彼方より





 有栖川へ

 だいぶ、ひとり暮らしのコツ? みたいなものがわかってきました。
 といって何かが変わった、たとえば、包丁さばきが上手くなったとか、お掃除を短時間でしかもピカピカにできるようになったとかそういうのでは全然なくてなんていうか、飽きずに自分で自分の相手をしてやるコツ、みたいなものがわかってきたのです。
 ひとり遊びは小さい頃から得意だったし好きだったけれど、最近は精度が上がってきたように思います。自画自賛です。惜しむらくは証明の手立てがないことでしょうか。
 で、結局のところ、暮らしぶりはどうかというと――相変わらず気ままに生活しています。やりたいことをやりたいときにやりたいぶんだけやって、おなかがすいたらごはんを食べて、眠たくなったら寝て、ちょびちょびとお仕事の方も(締め切りを破らないように気をつけながら)やって、とその繰り返しです。
 と文字に表してみると、なんだか何も変わっていないような気がしてきました。
 私はずっと前から、自分と遊ぶのが好きだった。多分、友達と遊ぶよりも、自分と遊ぶ方が好きだった。(もちろん、だからといって友達を全部ないがしろにしてきたわけではないよ。彼女たちがどう思っていたかは他人である私にはどうしたってわかりっこないけど、誰かが私を何かのかたちで求めてきたとき、そのひとが私に期待している何かを返せるようにいつも一生懸命やってきました)
 つまり私は空想するのが好きなんだと思います。
 ということは、私は空想家なのです。
 空想家。
 なんだかちょっとどきどき、わくわくするような言葉、名前です。
 きれいに晴れ渡った空があって、白い白い綿雲が点々と空に浮かんでいて、雲と雲を小さな虹の橋が繋いでいるようなイメージです。まだ若い緑――朝露に濡れた若い緑色の下草が冷たくてやわらかくて、そこに手足を投げ出して、少し濡れながら空を見上げて、少し目線をずらすとタンポポが咲いていて……そういうイメージ。
 あたたかい、平和なイメージです。
 私はずっと昔からそこに住んでいました。誰も、お母さんやお父さん、私をつくり、育てた彼らですら、私の世界には入ってこられなかった。
 きっと、この世界があることすら知らないだろうと思います。
 私はそれを特別だとは思いません。多分、誰にも、どんなひとにも、そういう自分だけの、自分だけが住む世界を体の内側に持っているだろうと思います。
 有栖川が持っている世界はどんなものなんだろう。
 そこが、寂しい冷たい場所でないことを祈ります。有栖川は深すぎて、簡単に覗き込むことができません。
 ずっと有栖川と一緒だった場所に、ひとりで住み、生活している中で、私は何かの瞬間にふと時間の枠組みからはずれ、高校や中学校、そして小学校の頃や、もっと昔を旅します。そして、そのときには気づけなかったことに幾つもの有栖川の心、気持ちを発見します。
 有栖川の家には、そこかしこに幼い有栖川が残っています。おじいさんさえも、薄くはなってしまったけれど、まだ残っています。
 そのたび、私は幼かった頃の自分の無知を思い知り、それがきっと有栖川の胸に小さなひっかき傷を作ったのかもしれないと思って、少し泣きます。現在ですら、私は私がまだまだ自分のことしか考えられていないのだと知り、受胎するには私の器は小さすぎると思います。
 ずっと一緒にいたのに、私と有栖川はこんなにも違うのだと思い知ります。
 私たちはやっぱり、他人以外の何ものでもないと思い知ります。
 そして、私たちは幼馴染みで、お互いでなくてはいけないことを知っていて、でもそれは恋とかいうものとはちょっと違う気がして、言葉では表現することが叶わず、私はもどかしくて、少し哀しいような痛いような気持ちになって、それでも有栖川を想います。

 彼方より





 有栖川へ

 いわなければならないことがあります。
 黙っていてはきっといけないことだと思います。
 それは本当は内緒にしておくべきことかも知れず、有栖川にとってはとてもいやなことかも知れず、だから私はその真実を書き留めてあなたに送ることを迷っているんだけど、でも、言います。
 大切なことだと思うから、言います。
 おじいさんの遺品の整理のとき、図書室を片付けたでしょう。そのとき、有栖川はおじいさんからのお手紙を見つけました。そのお手紙には有栖川のお父さんとお母さんのことが書いてありました。有栖川がお母さんだと思っていたひとは育ての親で、産みの親のお母さんは別にいて、まだ生きていて、会う意思さえあれば会えることも書いてありました。
 有栖川は、おじいさんだけが家族だという感覚しか知らないから、それだけが真実で、お母さんがいると言われても実感はわかないし、会いたいとも思わないと言いました。そうして、次の日に、遺品を整理していて出てきた不要なものと一緒に、おじいさんからの手紙を燃やしてしまいました。
 はっきりと覚えています。
 マッチを摩った音も、小さな火が燃え移り、だんだんと大きくなっていく様も、よく覚えています。
 とても晴れた日で、乾燥していて、ちょっとした山になった昔生きていたものたちは、ぱちぱちと音を立てながら黒くなっていきました。太陽は近くで見たらこんな色かもしれないというような、明るいまぶしいオレンジ色が広がっていき、その足もとがどんどん黒くなっていく様子も、火の粉や燃えくずや灰が風に吹かれてぱっと舞い上がったのも、はっきり覚えています。
 火の子どもは青い空にほんとうに鮮やかに映えました。それはなんだかとても神秘的なものに見えました。神聖なものにも見えました。
 足もとでは相変わらず山が燃えていて、それらはもう、生きていたときにどんなはたらきをしていたものなのかわからなくなっていて、おじいさんからの手紙も真っ黒な(すす)になっていて。
 見上げると、火の粉も灰も煙もまるで空に吸い込まれていくみたいでした。
 死ぬって、空に吸い込まれていく感じなのかなあ、と思いました。
 そうだったらどんなにいいだろう、とも思いました。
 空に吸い込まれていくなんて、なんだか、上に行けば行くほど冷たい空気に体を清められて、体の先端から透きとおっていき、空の一部に溶け込むようで、それはとてもきれいなことのような気がしました。
 有栖川、おじいさんの手紙に書いてあったことを、覚えていますか?
 きっと覚えてるね。
 紙の厚さや冷たさ、さわり心地、そんなものまで覚えているんじゃないかと思っています。
 おじいさんの達筆も、きっと忘れていないね。
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