あとがき。

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 どうして人間って、コミュニケーションとしてセックスをするのでしょうね。
 好きなひとはいる、抱き合うことはきっと悪いことではないけれども、なんだか怖い。汚い気がする。
 そうなるともう、とんでもなくしんどいですよね。そもそも好きなひとがいるのは、つらいし、苦しいし、疲れます。少なくとも私はそうです。基本的にマイナスに向かいます。でも、嬉しいことも幸せなこともたくさんあります。相手から、「好きだよ」と言ってもらえると、大袈裟ではなく生きていける気がする。だからこそ、好きなひとがいるのは哀しくて、怖いのです。このあたりの気持ちは私の中で不変であるらしく、『涙』の中でも何度も触れています。
 大幅に書き足したシーンのすべては、雅という人間を書くために必要なものでした。
 これは改訂前のこの作品のあとがきで書いたことなのですが、妊娠・出産というものは女性にしかできないことです。素晴らしいことだと思うし、尊いことだとも思います。たぶん、多くの女性は、これらのことに対して身動きが取れなくなってしまうほど思い悩むことはないんじゃなかろうかと思います。女だからです。でも、女性の中にも、そういった事柄をストレートに「当たり前のこと」、「幸福」として捉え難いと感じているひとは確かにいます。そういう場合は、大抵苦しいです(もちろんどんな場合にも例外は存在しますが)。中学だったか高校だったかの時分、女性の教諭に「結婚をしない、子どもを産まない女性なんて信じられない」と言われて絶大な衝撃を受けたのが、たぶんこのお話の種です。
 そして、その種が発芽して成長した結果、このようなお花が咲きました。
 雅の中にあるような『引っ込めることのできない哀しい棘をいっぱい立てたサボテン』みたいな心を持ちながら、それでも誰かを大切にするひとへ。
 少しでもこのお話が届けばいいなあと思います。


》2017年12月1日改訂。


 

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