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 大人の遊び。嫌な響きだ。
 雅はなんとも複雑な表情になった。確かに、誘ったのは雅ということになるのだろうけれど。
 そんなふうに言われると、どうにも尻込みしてしまう。それから、
 ――博さんなんて、コミュニケーションのひとつとして楽しんでるんだろうなあ……。
 と、思ったりした。
 でなければ、こんなにあっけらかんと誘えないような気がする。健康的で開けっ広げというのが博の博たる所以(ゆえん)なわけで、こうなるといっそ清々(すがすが)しい。これは結構、男としてはお得なのではないだろうか。
 雅を抱っこしたまま尻尾でも振っていそうな博に、雅は何故だか悔しくなった。
 ――私はいっぱい泣いて吐いて博さんにひどいこと言って、やっと今の状態まで持ってこられたくらいなのに。
 それで博を責めるのはお門違いだとわかってはいるが、意地悪半分に、
「なんでそんなにしたいの?」
 と、訊いてみた。
 すると博はきょとんとして、
「…………なんでだろ」
「……」
 そんな、なんでだろとか言われても困る。
 意地悪なんて通用するはずがなかった。
 博は雅を抱っこしたまま考えはじめる。雅はその胸に(もた)れて、博の鼓動に耳を澄ましてみた。
 ……あのときとおなじ。
「でも理由はともかく、雅としかしたくならないよ」
「嘘つけ」
 博の腹にとすっと(ひじ)を入れた。
 雅は男のその手の発言は、基本的に信用しない。
 ヒトだって動物なのだから、性欲は本能なのだから、そしてそれは無意識下ではやっぱり生殖からは離れられないから、ひとりの女にしか反応できないというのは、生物としてはちょっといただけない。本当にそういうひともいるんだろうな程度には思っているが、とりあえず、博が当てはまるとは思っていなかった。
 博は笑いながら、むくれた雅のほっぺたを指で(つま)んで引っ張る。不覚にも、たったそれだけでどきりとしてしまった。
「ほんとだよ」
「胸おっきい子とか!」
 気恥ずかしくて、誤魔化(ごまか)すのに適当に言い(つくろ)う。博はにこにこしながらあっさりとやり返してきた。
「真っ平らは寂しいけど、別におっきくなくてもいい」
「美人とか!」
「俺が面食いじゃなくてよかったね」
 ……。
「どういう意味よ」
 博に向き直って座り、びしりと額を指で弾いてやった。博はやっぱりくすくす笑いながら、雅の腕をやさしく引っ張り、ベッドに横になる。不意の力に驚いて、雅はあっさりと博の胸に倒れ込んでしまった。
 なんだか格好だけ見たら、雅が博を押し倒しているみたいだ。
 ――うわ、最高にやだ。
 雅がむうと眉を(ひそ)めていると、博がその(わき)の下に手を入れて、雅の身体をずり上げた。それから、いつものように雅の前髪を指先でそっと払って、(こぼ)れた髪を耳にかけてくれる。
 両手で雅の頬を包むと、微笑は含んだまま、博は少し真面目な顔になった。
「本当、なんでかなあ。雅とじゃなくたってできるけど……でも、雅としかしたくないんだよ、俺は」
「……嘘っぽい」
 やだ。
 なんでそんなにストレートなんだろう。
「なかなか厳しいねみーさん……。でも俺、精神的な浮気もしないよ」
 むっとしていたままの表情を緩める。
「精神的な浮気ってなに」
 雅が首を傾げて博を見つめると、博は、
「だから、ひとりでするときも相手は雅だよ」
「……」
 固まった。
 で、
「アホかァ! 言うなよそんなことを自慢げに! 頭の中でひとを犯すのはやめてください!」
 雅は真っ赤になって博の胸倉(むなぐら)(つか)み、がっくんがっくん揺すった。博は愉快そうに笑っている。
「だーってー。みーさんすぐどっか行くんだもん、ひとり寝って結構寂しいんだよ?」
 心臓が跳ねた。でも博は、丸三ヶ月も一緒にいながら行為に至らなかったことには触れなかった。涙を力尽(ちからず)くで(おさ)えつけて、雅は博の胸倉を掴み直す。
「子どもみたいなことぬかすな!」
「子どもじゃないから寂しいんだよう」
 ああ言えばこう言う。ちなみに、この点に関しては雅もひとのことを言えた口ではない。
「ぅぁあああ」
 博の胸倉を掴んだまま額を擦りつけて(もだ)えた。真っ赤になった頬の色を、なんとか戻そうと努力する。
「面と向かってそんなこと言われたって嬉しくない!」
 いやだあ、と(うめ)く雅の頭を、大きなてのひらがからかいまじりにぐりぐり()でてくる。博は楽しそうに笑っているばかりだ。
 不意にその笑声(しょうせい)がおさまって、雅は顔を上げた。
「雅は、したくならないの? 俺と」
 目が合うと、そんなことを訊いてくる。
 微笑んではいたけれど、目の色が冗談ではなかったから、雅は一瞬言葉に詰まった。
 そろそろと、博の顔に自分のそれを近づける。そして、
 ――――ごんっ。
「ったぁっ」
「博さんてそういうこと言うからやーよ」
「い、痛い……結構痛かった。みーさん今のちょっと本気出した頭突(ずつ)きだったね」
「七割よ」
「これで七割……」
 雅の石頭の七割頭突きを喰らった額を(さす)る博を放っとき、雅はさっさと起き上がってパジャマの(えり)を直した。
「もう寝るっ」
 邪魔邪魔どいてと博をベッドの隅に押しやり、雅は毛布の中に(もぐ)り込む。ふり向き様に髪を拭いていたタオルを投げつけると、博はきちんとその(しわ)を伸ばして軽く(たた)んだ。ぽんとベッドサイドのチェストの上に置き、仕方ないみたいに苦笑しながら雅の隣に入ってくる。
「その不機嫌っぷりは肯定ととってよろしいのね雅さん」
「それもやだ」
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