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 ひとつところに束縛されないのが雅なのだから、放浪は趣味というよりも、彼女が生まれ持った性質だった。
 帯はどれくらいなの、と試しに()いてみた。雅は今度は帯揚(おびあげ)と帯締めを物色している。
「んー。まあ、着物千両に帯万両っていう言葉はあるね」
(けた)が違いますけど」
「しかも、着物一枚に帯三本っていうからね。お値段も数も、帯の方が高くつくんだよ。でも、きものの格は帯で決まるっていうから」
 高価だ。
 格安のこの場でさえ、ものによっては帯一本云十万円。百万単位は見当たらないが、恐らく店の奥にはあるだろう。
 新しい帯の一本も贈りたいと思いはするのだが、どう考えても、やはりぽんと出せる金額ではない。
「あっ。総絞(そうしぼ)りがある。かっこいいなあ総絞りの色留(いろとめ)。でも総絞りは浴衣持ってるからなあ。新しく買うなら……もう一枚色無地(いろむじ)……(ひとえ)の……。……その前に新しく襦袢(じゅばん)(あつら)えた方がいいかなぁ。あれがもうそろそろ着られなくなりそうだし……」
 あれこれ眺めて回っている雅は楽しそうだ。買い物ではしゃぐ雅なんて、そうそう見られるものではない。博はもう、そんな彼女を見ているだけで腹一杯だった。
 きものに関しては言いたくても言えない、というのはさて置き、そもそも雅に対しては、おいそれと「買ってあげる」とは言えない。彼女は、欲しいものくらい自分で買うと言うからだ。
 『贈る』のと『買ってあげる』は、似て非なるものなのだ。
 雅が博に望むのは、金銭や努力ではどうにもならないもの。
 ――でも、もうすぐクリスマスだし。
 (かが)み込んだ雅の後姿は、やわらかな白いニットに包まれている。雅の洋装は、彼女の和装の姿を知っていると、少し幼く見えるという意味を含めてかわいらしい。
 ――宗教的な意味の一切を無視したようなおめでたい浮かれっぷりと馬鹿騒ぎについては、いい感想は持ってないと一言だけ。でも、日本はご挨拶やお土産を除いちゃうと、贈り物を交換するっていうイベントが少ないから。
 あのときの雅の、ちょっと困ったような微笑。博はそれに、どれだけ安堵したか知れない。
 ――だから、感謝とか好意をこめたプレゼントをする、もっともらしい口実を得られるっていう意味では、クリスマスも悪くないと思うよ。
「みーさん」
「んー?」
 屈んだままの格好で、雅が博を見上げた。博も隣に屈み込む。
「何かひとつだけ、欲しいもの贈るよ。ちょっと早いけど、クリスマスのプレゼントに」
 雅は、え、と目を丸くした。それから考え込むように少しの間沈黙し、そのあと、ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう」
 その笑顔に、博はいつもたまらなくなる。
 ああもう。
 なんでもできそう。
「じゃあ、じゃあ、――これ。これがいい」
 雅が持ってきたのは、どうやら帯らしかった。海老茶(えびちゃ)一色の素朴なもの。
「名古屋帯。何本あっても困らない。これね、かわいいの。うさぎ柄でね。お太鼓とお腹の部分に一羽ずつうさぎさんがくるの」
 ――で、気になるお値段はと申しますと。
 赤札を(めく)ってみて、博はなんともいえない気持ちになった。いくら見直してみても、算用数字の三の次についているゼロは三つ。金額がすべてだなどとは思っていないが、もっと欲張ってくれてもいいのにとは思ってしまう。
 博の胸中を察したらしい雅が、ふふっと笑う。
「赤札がついてる大好きなものと、百人が百人びっくりするようなお値段がついてるけどそんなに()かれるわけでもないもの。私は前者が欲しい」
 同感だった。
 忘れがちだが、金額だけが贅沢で欲張りではないのだ。
「雅さん。いかがです? こちらの帯揚と帯締め、セットで。帯と(あわ)せてこちらのお値段で」
 雅と顔馴染(かおなじ)みなのだろう。笑顔で滑るようにやって来たのは、藤色のきものに紺の襷をかけた初老の女性店員だった。透明なケースに入った帯揚と帯締めを片手に、慣れた手つきでぱちぱち電卓を打つ。名のある家の出と言われても違和感のない上品な立ち居振る舞いだが、しっかり商売人だ。雅も苦笑している。
「ナカさんはもー、すぐにまた……かわいいとは思いますけど、私には似合いませんよ。かわいすぎます」
「あら、そんなことありませんよ。絶対に似合います。ほんとにもう、小さな頃からおとなしい色ばっかり。もっと華やかでいいんですよ」
「そちらも包んでください」
「博さん!」
 (にら)まれたが気にしない。
 雅にナカさんと呼ばれた女性店員は、楽しそうにころころと笑った。
「ほら、いいじゃありませんか、雅さん。旦那様はあなたの魅力、きちんとわかっておられるわ」



 帰り道、雅は、
「クリスマスより、博さんのお誕生日の方が先に来るのにね」
 と笑った。
 博はそれだけで、もう十分プレゼントをもらったような気になってしまった。
「今年からは、クリスマスもきもので過ごすことにするね」
 なんで今、運転なんかしてるんだろう、と思った。
 今すぐ抱きしめてキスしたい気分だ。
「目の前の信号、さっさと赤に変わってほしい」
 ぼそりと(こぼ)したら、雅は意味ありげな含み笑いをした。
「安全運転でよろしく」
「……なんでわかったんだろう」
「さあ、なんででしょう」
 雅がつんと()まして華奢(きゃしゃ)(あご)()らせる。
 本当はわかっていた。
 片想いのキスではないのが嬉しい。



 ああ、なんだか、不思議な感じだ。
 きっちりときものを着込んだ雅を前に、博は何故だか(かしこ)まる。その間には、雅が博への誕生日のプレゼントに買ってきた土鍋が鎮座(ちんざ)ましましていた。
 中身はおでん。前日から気合を入れて仕込んだので、大根も卵もいい色になっている。
 雅も博も、どちらかが遠方から越してきたわけではない。だから基本的に食べ物の味の濃さや具材について大きな差異はないのだが、このたび新たな違いが発覚した。
(たこ)は?」
「え」
「蛸の足」
「みーさんとこって入れるの?」
「入れる。え、博さん入れない?」
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