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 でも、というか、やはりというか。弘は気分を害する様子は一切なく、嬉しそうに笑った。
「先輩と一緒にお花の観察やお世話をするのが楽しいのです」
「……小賢(こざか)しい返答だね」
 確かに小賢しい。どちらかと問われているのに、どちらも好きだという欲張りな答えを返してきている。
 とはいえ、この手の質問に有効な返答パターンは実は少ない。どちらか片方を選んだ場合、嘘になるか、(ある)いは相手の怒りや苛立(いらだ)ちを助長することが圧倒的に多いのだ。
 嘘をつかず、相手を落胆させない方法としては、やはり素直に謝って、『あなたを大切だと思うから、あなたを喜ばせたい、そのためには何々が必要』がセオリーでスタンダードだ。
 恐らく弘は無自覚で打算なく本気で言っているのだろうけれど。
 弘と話していると、(すさ)まじいまでの価値観の相違や言葉のすれ違いに不安を覚えずにはいられない。弘は素直に思ったままをやさしい言葉で伝えてくれているのだろうが、勘繰(かんぐ)り、嘘をつき、誤魔化(ごまか)し、はぐらかすのを信条としてきた八代は戸惑ってしまう。
 戸惑うほど自分の中に弘がいる事実に、少し、怯える。
 思慮深い彼女のことだから、勢いでの結婚の申し込みであったはずはない。熟慮しての断行だったはずだ。そもそも多くの場合は精々がところ付き合ってください、だろう。それを弘はきれいにすっ飛ばした。結婚してください。どう考えてもプロポーズ。恋人同士という過程はない。
 そして八代はそれを受けた。
 退路を自ら断ってしまったようなものだ。背水の陣を布く暇もなかった。
 ()れているとは思わない。恋であるかどうかもどうだっていい。(はた)から見ている人間が好きに解釈すればいい。そんなものに構っていられる余裕は、今の八代には、ない。
 弘に占拠されていくのが怖い。
 今だって自分の足で立てているわけではないのに、その内側に弘のような律した存在が本当の意味で入ってきたら、きっと砕けて壊れてしまう。
「先輩?」
 濃い茶の髪を摘んだまま離さないでいると、ふり払う素振りすら見せない鳶色(とびいろ)の瞳に(のぞ)き込まれた。
 弘がふわりと微笑む。
 ――あ。
 来る。
 八代は心中で身構えた。思わず髪からぱっと手を離す。
「大好きですよ」
「…………やっぱり来た…………」
 弘は平気で好きですと言う。臆面もなく。迷いなく。躊躇(ためら)いもなく疑いようもなく好きです大好きですと。何故だ。好意を示す言葉とはこんなに簡単に発することが可能なのか。もう少し戸惑ったり恥じらったり周囲を気にしてみたり。
 理解に苦しむ。
「どなたかいらっしゃいましたか?」
 八代の言葉を勘違いした弘が、温室の扉方向をふり向く。むろん誰も来ていない。
「な」
「はい」
「なんで」
「なんでしょう」
 質問するのも恥ずかしい。何事につけきちんと応対してくれるものだから、実際はたいしたことでもないのに、とんでもなく重大なことのように思えてしまう。
「今の会話の流れで、好きですっていうセンテンスに通じる要素あった?」
 なかったような気がするのだが、気のせいだろうか。
 弘はふふふと笑う。
「言いたくなったのです」
「……そう」
 心臓に悪いからやめて。
 ――とは、言えなかった。
 突然言われてそのたびに驚き、勘弁(かんべん)してほしいと思うのに、やめてと言おうとしても声になったことがない。
 弘のせいで不安定になるのに、まるで頃合いを見計らったかのように好きですと言ってくれるから。
 言ってもらえると、不思議に安堵(あんど)できるから。



 県立成花第一高等学校。いわゆる進学校で、農業高校ではない。農業高校は二十分ほど離れた近所にある。そこではメロンやらブロッコリーやらトマトなんかが栽培されていて、馬はいないが牛はいる。食品化学科あたりは、異常繁殖して生態系を乱す魚を食卓に並べたい気持ちで代々食品加工への知恵を(しぼ)っている。近場の池からセルフサービスで魚を釣ってきて。刺身にしてみたり塩で焼いたり味噌で焼いたり(ぬか)につけたりと。(うろこ)()ぎ落とし骨を抜いて。
 そういった学校があるのに、進学校の成花第一高等学校には、農業高校にはない大きな温室がある。
 学校の中庭、屋根がアーチを描く全面硝子張りの美しい温室。
 観音開きの扉は大きく、把手(とって)はほとんど()げ落ちてしまっているものの、金が少し残った青銅で、(つる)()したものだ。見ようによっては、お伽噺(とぎばなし)めいていると言えなくもない。
 開校から百年以上を経過している長い歴史の中でいつの間にか打ち()てられていたのだが、何代前だかの生徒会が何を思ったか温室再建に取りかかった。喜ばしいことに後輩に引き継がれ引き継がれて今日に至る。現在では室内の温度を一定に保つための空調機までついていて、大出世を果たした。
 栽培されているのは主に薔薇(ばら)だ。市内の品評会では毎年なかなかに優秀な成績を修めている。実験用の植物なんかもあるにはあるが、やはり薔薇が圧倒的に多い。世話をするのは言及するまでもなく園芸部員なのだが、この部に名を連ねたら最後、退部するか卒業するかしなければ休日はない。
 そう――一切ないと思った方がいい。
 仕事が温室内にとどまっていないからだ。
 学校をぐるりと回り、敷地内あちこちにある、校章にもなっている躑躅(つつじ)の世話も管轄内。躑躅は強いし花盛りになれば大変に美しいのだが、花がらの処理は無間(むげん)地獄一歩手前だ。()んでも摘んでも終わらない。銀杏(いちょう)の落ち葉を掃き集めるのも園芸部員。ともすれば天下を統一せんとばかりに一気に広がる、グラウンドの端っこの斥候(せっこう)(※一般的に雑草と呼ばれる野草)をせっせと抜いていくのも園芸部員。とにかく植物カテゴリに収まるすべての仕事はそれすなわち園芸部員の仕事だ。植物は生き物だから、毎日見てやらないといけない。いずれかひとつに集中できるのならば話も違ってくるだろうが、先述のとおりやることが多すぎる。時間はいくらあっても足りない。
 だというのに。
 現在の園芸部員の名簿は実にシンプルだ。
 部長、久我八代(三年(はぎ)組)。
 副部長、柘植弘(二年桜組)。
 ――以上。
 ふたり。
 だけ。
 少ない。
 これで回していけというのが無理な話だ。
 だが信じられないことに、なんとかかんとかやっている。弘が十人分働く働き者で、八代も八代で要領がいい、というのは確かにある。けれども、その程度で回れば世の中に残業過労などない。
 八代が狡賢(ずるがしこ)いのだ。
 狡猾(こうかつ)卑怯(ひきょう)。ひとの弱みにつけ入り、自己の利益に還元するのが滅法(めっぽう)上手い。我田引水とはよくいったもので、まさに水を引く。
 どの学校にも遅刻常習犯にはなんらかの罰則、たとえばレポート提出だとか原稿用紙十枚に反省文だとかがあるものだが、この学校では草取りがそれに当たる。その名も、
 ――遅参者(ちさんもの)(うたげ)
 八代が言いはじめたわけではない。歴代園芸部員がそう伝えているだけだ。八代なんかははっきり下僕と言い切っている。
 宴に参加する者にとっては呼称などどうでもいい。真夏なんかはペットボトルの水を持参しなければ確実に倒れる。身から出た(さび)とはいえ過酷を極めるので、結構上質な(きゅう)ではある。事実、宴参加者に常連は少ない。
 ところで真面目で優秀な弘はクラス委員長だ。クラス委員は生徒会役員にはなれないので、当然弘も役員ではない。
 ただ、優秀なので助っ人要請はかかる。それなりに頻繁(ひんぱん)というのも妙な言い回しだが、とにかく呼び出される。八代としては困る。困るので、弘を盾にとり生徒会役員に助っ人をせびる。
 助っ人を呼んでいるのにマイナスされる役員は迷惑千万――に思うが、実はそんなことはない。人間誰にも向き不向きがあるものなので、その時々に応じて苦手な仕事に行き当たり、いまいち戦力になりきれていない人間を生贄(いけにえ)として差し出す。
 役員にとっては、戦力になりきれていない同僚よりも、迅速丁寧確実に働いてくれる研修生の方が重要なのだ。
 八代に目をつけられた可哀想な獲物の顔面の蒼白(あおじろ)さといったら笑い事にできない。明日は我が身と背筋が凍り、一笑に()すのが不可能だ。
 彼はたまに教師にまで手を出す。定期テスト明け、難題の模範解答の難解さに頭を抱える生徒たちを前にして、
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