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でも――
そういえば、弘がつくってきてくれる茶請けを不味いと思ったことはない。 部活動の休憩時間、八代は茶を ――食べられなかったことがない。 取り立てて意識することはなかったが、完食している。美味い――のだろう。顔色を ――かもしれない。 どうだろう。食べるだろうか。 ――だめだ。 最近ずっとおかしい。 弘に占拠されていく。 安堵するのに、不安になる。 「でしたら、一品ずつお取りしますね」 「うん……」 ぼんやりとした返答になってしまう。 重箱に詰められている量は半端ではなかった。箱そのものがまず大きい。それが掛ける三。デザートにプリン。 これだけで満足なように思う。 なのに何故小さい――といっても普通の、ごく一般的なサイズの弁当箱が別口であるのだろう。 近くにあったからなんとなく持ち上げてみた。軽い。明らかに中身は 購買で買ってきたらしいあんぱんやらこっぺぱんまである。 何故。 「名瀬さん、塩取ってもらえる?」 「ん」 「ありがとう」 「 「いいよあたしアスパラもらうから」 「 「俺? なんで」 食事中これだけ賑やかなのも理解しかねる。八代にとって食事は沈黙だ。 次子は 「弘に一品ずつ取ってもらうんだろうが」 「……ああ。いや、いいよ。そっち優先で」 丁寧に皿に載せていっている弘の手もとを眺めながら、八代はやはりぼんやりと返答した。 伊織が、もったいないよと声を上げる。 「弘君、超……じゃない、ええ、ええと、あ、すごく! すごくお料理上手だよ。食べなきゃ損だよ」 「最後の一個にこだわるあんたが言うのそれを」 と言いながら綾野だって遠慮なしに食べている。こちらは 料理上手なのだろう。美味そうに見えるのだろう。けれど八代にはよくわからない。美味いとはっきり思い、喜んだ記憶がないのだ。 食べ物を得るのに必死だった記憶しか。 「先輩、あんまりおなかすいていませんか?」 ――助け船はいつも弘なのか。 そう思うと苦しくなる。 ――期待の仕方なんてもう忘れた。 忘れたままの方がよかったのかもしれない。誰も助けてくれないと割り切れば、すべてを切り捨てられる。 「……そうだね」 「一品だけでもいかがですか? 何かおなかに入れないとお身体に やわらかく微笑んで、まるで子どもをあやしているみたいだ。けれどそれはどこまでいっても気遣う言葉だから、一切の 「食べろ八代」 「食べなさいよ」 「ふたりともいつの間にか仲良いね」 ブロッコリーを口に運んでいる鷹羽と卵巻きを摘んだ綾野に同時に言われた。これはたぶん『弘君を守る会』とかそういうのだ。絶対そうだ。 「すごい量だけどこれ誰が食べるの」 「わたしです」 けろりと言ったのは弘だった。 「……すごい量だよ」 「いっぱいおなかがすくのです。お昼前にもいただくのですが間に合わなくて」 すると、あの空の弁当箱は早弁用ということだろうか。しっかり昼飯の量があるように見えるが。弘がゆっくり食べる人間なのは知っている。 急いで食べるのだろうか。わざわざ。 「超……っ……ああん違った! じれったいなあもう! 弘君てすっごい燃費悪いの。 意外だ。 弘はどれがよろしいでしょう、と取り分けた皿の上のおかずを見ている。 「卵焼きにしろ、卵焼きに。弁当のおかずの王道に」 「よろしいですか?」 「え、あ、うん」 否定が許される状況なのか謎だ。恐らく許されない。卵焼きを 緊張しなければいけない場面ではないのだ。 それなのに身動きできなくなってしまっているのは、何も知らないからだ。情報も知識もない。こんな、みんなでお弁当、なんて。 こんな間の抜けた平和な食事風景なんか知らない。 ――のだが、次の瞬間、八代は今度こそ本当にあからさまに硬直した。誰の目にもわかるほど。 「久我先輩。はい、あーん」 ――あーん? って、なに? 目の前で弘がにこにこしている。いつものことだ。箸を差し向けている。はじめてのことだ。 箸が卵焼きを支えていた。 ――は? 「? 先輩、あーん」 |
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