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繰り返されても困る。あーん、ってなに。
思わず卵焼きを見つめてしまう。卵焼きは弘の箸によって支えられている。それはつまりこの卵焼きは彼女のもので、彼女が食べるものではないのだろうか。何故こちらに向けてくるのか。 「やっしー先輩って通過儀礼まだだったの?」 伊織が、あれぇ、と意外そうに言う。そうらしいな、と次子が同意した。 ――通過儀礼? 「八代、それ食べて。その卵焼き」 「柘植サンのじゃないの?」 「おまえのなんだよ。だから食べて」 ここのところの鷹羽の突き放し方は容赦がない。いちばんまともに、かつもっともわかりやすく解説してくれそうな次子に視線だけ送ってみた。 視線の先で、次子が肩を 「みんなやったんだよ。やられた。 引き合いに出されるとは思っていなかったらしい。綾野はそのときのことを思い出したらしく、ほんの少しだけ 「一回やりゃ慣れるから。平気平気。食え。通過儀礼」 八代の理解力は平均以上だ。でも時間がかかった。 ――あーん。 って、そういうことか! ――無理、と言いたい。 「先輩? あーんはいやですか?」 不愉快に思っているわけではないのはわかる。弘は確認を取っているだけだ。だからいやだと言えば少なくとも自分の中では丸く収まる。この輪の中に在っては丸く収まらないが、自分の中では。 自分の中では。 「……いやじゃないよ」 ああ、破滅的馬鹿――。 咥えるのに非常にちょうどいい角度だった。落とすこともなく自然に口の中に収まった。 でも。 でも。 「お口に合いませんでしたか?」 くちもとを片手で覆って、ふいと顔を背けてしまった八代に、弘が無自覚の追い打ちをかけてくる。 さぞやおもしろがっているだろうと思いきや、ほかの面々それぞれが過去の自分を思い出しているらしい。なんともいえない表情だから、恐らくみな同じような反応をしたのだろう。 「いえ……あの、」 赤面しているのがわかる。 どうしても弘の顔を見られない。 「大変、おいしい……です」 ――本当は。 味は、よくわからなかった。 仮眠を取るはずだった貴重な昼休みを奪われ、あまつさえ通過儀礼と称したアホな このところすべてが騒がしい。俺の安息はどこへいった。自堕落な日々を返してくれ。 悪びれることもなく堂々と他人の席に座っているクラスメイトの男子生徒が、八代に気づいて破顔した。 「おおっ、久我」 「どいて 「 知ってる、冗談だよと そして八代の前に座る。 「そこキミの席だった?」 「ううーんー? 違うよー? まだ一回も席替えしてないよ確かにクとコで近いけど、それなら俺は絶対おまえの後ろの席だ」 五十音順で席を割り振られるから、久我と近藤なら確かに近藤が後ろにくる。 あんぱんばっかり四袋も持った祐介は、最後のひと袋を開けながらそそそっと寄ってきた。 「あのさ」 「やだ」 「まだ何も言ってない!」 ――俺の安息はどこへいった。 多少の風が吹いたところでは 彼が何を言いたくて目の前に座っているのだかまったくわからない。まさかあんぱんを食うところを見てほしいわけではないだろう。だとしたらかなり特殊な 「柘植ちゃんと付き合ってる?」 唐突に投げかけられた質問に、八代は一気に不愉快になった。 柘植ちゃん。 なにその親しげな呼び方。 「付き合ってない」 たぶん。 関係性が ――そのまんま言ってそう……。 どこまで本気でどう捉えたらいいのか。弘は恐らく本気だろうと思うし、わかるけれど、主だった変化がないので八代としてはどっちつかずで迷う。 「え、こんだけずっと一緒にいるのに?」 「一緒にいるだけで付き合ってることになるの?」 「だってふたりきりだろ?」 「ふたりきりでも、それが即付き合うことには繋がらない」 いちいち答えるのも面倒くさくなってきた。 どうしてこうもくっつけたがるのだろう。今現在はともかくとして、八代と弘はただ同じ部活だから一緒にいるだけだ。ついでに、部員数がふたりだけだから、結果としてふたりきりになってしまっているだけの話だった。ただそれだけのことなのに、惚れた 「じゃあやきもち焼かない?」 食べ終わったあんぱんの袋をまとめて小さなコンビニ袋に入れながら、祐介が訊いてくる。八代は 「告白でもしたいの」 「うん、俺じゃなくて |
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