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「他人の二文字で片がつく説明だね」
「一年」 八代の突っ込みを無視していちごミルクを 川崎、田崎、山崎といったら有名なバカ崎トリオだ。 秋に咲いていた桜を見た川崎が、 ――すげえ秋に桜が咲いてる! すごくもなければ珍しくもない。四季桜だ。その名が示すとおり、四季咲きだから春と秋に咲く。 川崎の言葉を受けた田崎が、 ――こういうのなんて言うんだったっけ。ええと、馬鹿? 山崎はそうだったそうだったと同意した。 ――そうだ、バカ咲きだ! ――おお、バカ咲き! 普段なら無視する。けれど、植物のことだったから気がついたら口が動いてしまっていた。 ――それをいうなら狂い咲きだよ。馬鹿はそっちの三人、年中頭の中お花畑にしてこのバカ崎トリオが。しかもこれは四季咲きの桜だから秋に咲くのは当たり前。 カワザキ、タザキ、ヤマザキ、すべて崎をザキと読む。そして狂い咲き。咲きもザキ、だ。で、バカ咲き。崎と咲きを掛けて、三人だからトリオ。 これが何故だか受けた。 八代自身は別段愉快なことを言ったつもりはないが、必要性がなければたいしてしゃべらない人物があまりにも バカ崎トリオは晴れて三人の通称となり、愛されて愛称になった。この学年で知らない人間はいない。この三人の誰かを探すとき、大抵 ――バカ崎いる? と訊く。訊かれた人間は、 ――田山川のどれ? と訊き返すのだから、浸透率はほぼ百パーセントに近い。 祐介はうひひと愉快そうに笑った。 「園芸部入部希望だってさ」 今度はいひひと悪そうに笑う。 「地獄なのになあ可哀想に」 「俺にとったら天国だよ。部員は欲しいからありがたい」 しれっと言うと、えええ、と不満そうにする。 「やきもち焼けよー。つまらんなあ」 「何をしたいの」 「取り澄ましたポーカーフェイスを崩したい」 「キミじゃ死んでも無理。諦めて」 ぶう垂れる祐介を無視して、八代は ――やきもちねえ。 などと考えはじめていた。 やきもちは―― ――焼かない。 今のところ、嫉妬 それはともかく、入部希望者。 欲しい。 二年目からは入部退部掛け持ち自由だが、一年生の間はどこかの部に入らなければならない。そこで入ってくれるならありがたかった。引継ぎは目下最大の懸念事項なのだ。 弘に関しては、彼女はあちこちに助っ人参加しているから、見る機会は多いだろう。部活見学もあったから、そのときに気になったのかもしれない。 園芸部活動拠点にして部室である温室は大きく、誰の目にもつく場所だが、見学にきた人間は少なかった。 仕事量の多さときつさが有名なのだ。 休みのなさも知れ渡っている。 正直仕事を回していけているのはギリギリで、しかも八代の狡猾さあってのこと、自分が卒業したらどうなるのかと思うと卒業したくない。学校はどうでもいいし面倒だから居座るのはいやだけれど、あの温室と、育てている薔薇は実に 後輩が弘ひとりなのは不安だ。彼女が卒業してしまったらどうなるか知れない。引き継いでくれる人間が欲しい。 ――でも、無理かもしれない。 入部希望の動機が弘目当てとなったら、仕事はあてにできない気がする。二年生からは退部も自由なのだ。弘の卒業と共に温室を捨てられたらたまったものではない。 やっぱり懸念事項だ。 なんでこんなに好きなのだろうか。自分は面倒くさいことは嫌いなはずだ。教室にいさえすれば単位の取得が可能で、テストでそれなりの点数を取れば何も問題ないただの学校生活の方がよほど楽だ。なんの努力もいらない。 園芸の方がどう考えても大変だし面倒くさい。 相手は生き物、しかも自分で食糧を確保してくるわけではない。 土を 面倒だ。 でも好きなのだ。 そうでなければやっていない。 最初はただの逃げ場でしかなかったのに、いつの間にか、気がついたときには好んでいた。 自分を乱されないからだろうか。 静かでいられる。 重要なことだ。内側を 植物はそれをしない。 弘はどうだろう。 かわいいとは思う。 弘は八代を 厭わず抱きしめ、キスをくれる。 誰にも触れられたくない左目に触れられて恐怖を抱かずにいられるのは弘だけだ。 それなのに、今のこの不安定、彼女に対する不安と安堵の二律背反の同居はなんなのだろう。 ――わからない。 「久我」 「なに」 「早くひとり占めしとかないと、柘植ちゃん誰かにさらわれちゃうよ」 「付き合ってるわけじゃないって言ったよね」 「そりゃそうなんだけどさあ」 「……ひとり占め……ひとり占めねぇ……」 |
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