back  |  next   
「……お聞きしてもよろしいですか」
「どうぞ」
「黙秘が何故その相手を好きだという推測や確信に至るのかがわかりません」
 雅は「え」と間抜けな声を漏らし、同じく間抜けな顔をした。それから、「あれっ……?」と輪をかけて間抜けな感動詞を零す。
 ぱっと弘に顔を向けた。
「違った?」
「違いません。好きです」
「ああよかったもう驚かせないでよ。私すごく間抜けになるところだったじゃないの」
 もう間抜けだ。
「罰したいなら訴えるよ。親は子どもを守るものだからね。世の中にはそうじゃない親子だってたくさんいるのはわかってるけど、うちに限っていえばそれは本当だから」
 笑いながら博は自分の落雁を雅の懐紙に移してやる。雅は(うな)って少し(かぶり)を振り、ありがとうと言って博から追加してもらった落雁を摘んだ。
 ――親は子どもを守るもの。
 ――罰したいなら訴える。
 ――そうなのか。そうなのだろうか。
 うう間抜けだわ、とかなんとか言いながら緑茶のおかわりをして、雅は続けた。
「弘が八代君の何かを知ってるんだか気がついたんだかで、好きだから私たちに訴えなかったんでしょ。本人思うところも色々あっただろうし」
 よね?
 つけ足して一応確認する。間抜けセーフが明らかにあとを引いている。
 弘はうんと笑顔で頷いた。
 本人が思うところも多々あっただろう――など、十把一絡げにひとことで決着をつけてしまう非常に放り出した解釈のように思えるのだが違うのだろうか。
「でもってプロポーズでしょ。丸く収まってるじゃない、籍を入れるとかなんとかは置いとくにしろ。本人納得してるし好きって言ってるのに今さら責めるとかそんな馬鹿な。うちの娘()めてもらっちゃ困るのよ」
「だんだんぶっちらばってきたね。ごめんね八代君、みーさんは猫かぶってるわけじゃないんだけどオンとオフの落差が激しくて」
 そのようですね。
 とはもちろん言えない。
 博の言がわかりやすすぎるので、改めて絶句する。
「とにかく! 人権侵害駄目絶対。弘が八代君のこと信じてるもの、私はそれでじゅうぶんよ。八代君がどうかとかそれに対する意見要望は、少なくとも現時点では弘が言及することであって、私がすることじゃない。私からは以上」
「異議なし。まあ多少なり痛い目見るのは世の常だから、これからのことを建設的に考えていきましょう。俺からも以上」
「異議ありません。わたしの結婚してくださいという気持ちは本当ですし今現在も変わりありません。わたしからも以上です」
「………………え。――あ。異議……は、ありません。考える時間を――できれば、いただきたく……思い、ます」
 それはそうよねえ、と急にだらけた調子で雅が半眼になった。どこを見ているのだか、遠い目をしている。
「ひーちゃんみたいに色々すっ飛ばす方がもうねえナニなのよう。八代君も災難よねえ」
「災難だと思ったことはありません」
 何故だ。
 何故このタイミングでこんな台詞(せりふ)だけをあっさりと自然にさも当然のように言ってしまったのだろう。
 自分の台詞に驚く。
 驚きついでに硬直する。
 隣から伸びてきた小さなあたたかいやわらかい両手に手を包まれ、きゅっと握られた。
 弘が嬉しそうにきらきらして笑っている。
「先輩、大好きです!」
「あらーなかよしー」
「ひとがいちゃいちゃして幸せそうなのって眼福だよねえ」
 やぶれかぶれ。
 ――破れ目が、大惨事。
 呆然としている八代を尻目に、雅が壁掛け時計を見遣った。
「うん、いい感じに遅い時間ね。計画どおりだわ」
 計画どおり?
 怪訝に思って、それからボストンバッグを用意してきたことを思い出した。担いできた。理由はなんだったか。
 弘に、
 ――備えがあれば憂いがないから。
 と言われたからだ。
 さらにその理由は、
 ――母が帰国しているから。
 思わず、結構な勢いで雅の視線の先を見た。栗色の枠の丸い壁掛け時計、針はもう十時を回っている。
 時計に向けていた視線を恐る恐る雅に転じると、黙ってさえいればたおやかな大和撫子は、花開くような大迫力の笑みでもって八代を迎えた。
「今から帰るなんて言わないでしょう?」
 質問というかたちで断定された。否定を完全に否定された。
「申し訳ありません久我先輩」
「ごめんね八代君」
 そして援軍も望めない。
「…………お世話に……なります…………」
 その返答しか、許されていなかった。



「ごめんね八代君」
 困っている微苦笑を漏らして、博がほうじ茶を八代の前に置いた。
 博のこの台詞を、たった数時間の間に何度聞いただろうか。
 一番風呂を押しつけられた八代はなす(すべ)なく風呂場にブチ込まれ、抵抗もできず風呂を借りた。
 女性陣は一緒に風呂に入っている。
 博とふたりにしてくれたのだと思う。まともに取り合えるのが博しかいない。本当は雅だってできるのだろうが、控えてくれたのだろう。
 ありがたかった。
 雅の眼差しの強さは、今の八代にはつらい。
 そんなことにも雅は気づいて、だから席を外してくれた。
「雅はあんなだけどね。きみに敵意を持ってないし、害意も持っていない。たぶん感心して――そうだな、こいつはいいと認めてると思うよ」
「何故ですか」
 back  |  next



 index