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「もう終わった。一瞬で。あたしのコレクションには一生かかっても入らない。じゃあねやっしー先輩、弘君によろしく。あ、一年生君も一応、ばいばい」
「え、ぁっ、ハイッ、お疲れ様でした!」
 疲れるようなことは何もしていない。茶を飲んであれこれ話していただけだ。
「で、どちら様なの。さっさと答えて、質問繰り返すの好きじゃない」
 伊織の背中に敬礼でもしそうな勢いのまま、はっと気づいたように八代に方向を変えた。
田崎(たざき)寿生(としき)ですッ、入部希望ですッ!」
「喧しい。音量下げて、五割くらい。そんな声出さなくても聞こえるよ」
「すみませっ……す、すみません」
「ああ、素直ないい子だね。入部届け」
 はい、と手を出したら、いつぞやの誰ぞを彷彿(ほうふつ)させる丁寧な持ち方でもって渡してきた。
 ――薄っぺらな藁半紙(わらばんし)を両手で持って、差し出してきた。
 ――柘植サンが来たのはもっと早い時間だったなあ……。
 もしかして、伊織と話しているのを見て勘違いしたまま、ずっと待っていたのだろうか。
 田崎。
 ――田崎?
「間違ってたら申し訳ないんだけど、この学校にご兄弟がいる?」
「はい、います。先輩と同じ学年で」
「名前は寿高(ひさたか)?」
「ご存じですか!」
「喧しい。俺の学年で田崎知らない人間いないよ」
 愛されてはいるが事の発端はバカ呼ばわりだ。呼んだのは八代だが。
遠藤(えんどう)が言ってたの本当だったのか……」
 取り澄ましたポーカーフェイスを崩したい、とか言っていたから、部員は欲しいありがたいとは思ったけれど、実のところ期待はしていなかった。
 ちらりと寿生を見ると、彼はおずおずと訂正を求めてきた。
「あの……たぶんそれ近藤(こんどう)先輩だと思います」
「知ってる。俺にとっては遠藤なんだよ」
 当然ながらわかっていない寿生を無視する。入部希望の申し込み用紙の部長認可の(らん)に名前を書いて、寿生に返した。これを顧問に持っていって印鑑をもらえば部員認定される。
「ありがとうございますッ」
「喧しい」
 口癖になりそうだ。どうしてくれる。
 これまた丁寧に押し戴いてくれた寿生を見て、ふと思い至った。鞄の中から硬い皮のケースを出す。中身を出して、寿生の前に差し出してみせた。
「これ、俺の剪定(せんてい)用。キミに貸すと思う? 先輩後輩抜きで」
「思いません」
 小気味よいほどの即答だった。
「理由は」
「具合が変わるからです」
 これも即答した。
 ふっと自然にくちもとが(ほころ)ぶ。
「いいね。即戦力。水遣り頼める? 草取りは当然頼むよ。知ってるとは思うけどうちの部には雑用しかないし雑用がメイン。刈り込みと剪定の経験は?」
「剪定の経験はありますが刈り込みの経験はありません。水の遣り方は知ってます」
「切り戻しとか誘引(ゆういん)はわかる?」
「知ってますが誘引はしたことありません。切り戻しは経験あります」
「キミのセールスポイント、一言で」
「体力に自信あり!」
 八代に返してもらった入部希望用紙をぎゅっと握りしめて言い放った。
「いいね。明日から働いてもらうから覚悟しといて。朝は表門が開いてから開始、遅刻に罰則はないけど俺個人からいじめられることになるからこれも覚悟しといて」
「はいッ」
「喧しい」
 これはいい。上物がきた。何より質問に対する答え方が好きだ。はっきりしていてわかりやすい。
 こういうタイプに縁があるのだろうか。
 弘もほぼ同じ回答をした。言うまでもなくはるかに落ち着いて静かだったが、質問に即答するところも、セールスポイントも同じ。
 鋏を知っているところを気に入った。
 八代は鉄色そのままの鋏を愛用している。長く使う道具が(あまね)くそうあるように、鋏もまた、使う人間によってかたちを変える。使用しているうちに手に沿()って、もっともしっくりくる強さに変わる。
 他人が使ってしまうと、自分の手に沿っていたはずのものが馴染まなくなる。僅差(きんさ)、ずれる。
 調整するのは可能だけれど、基本的に鋏はひとに貸すものではない。八代も弘にすら触らせたことがなかった。
「今日は仕事はないんでしょうか」
 寿生はそわそわと八代を見た。
 本当に、こういうタイプに縁があるのだろうか。
「犬みたい」
 思わず正直な感想を零してしまった。
 寿生はなんとなく柴犬に見える。弘を思い浮かべてみた。犬みたいとはよく思うけれど、犬種を限定したことはない。
 ――柘植サン。柘植サンの特徴。
 茶色くてふわふわでぽよっとしている。
 丸い。
 小さい。
 明朗快活。賢い。人懐っこい。
 でもぱっと見少し頼りないような――額を軽く小突いただけでころんと転げていきそうなおっとりした愛嬌のある表情。
「…………ポメラニアン…………」
「柘植先輩ですか?」
 知らず()らしてしまった呟きを拾った寿生が、八代が複雑になるくらい早く反応した。
「柘植サン知ってるの」
「はい。有名ですよ。めちゃめちゃ頭いいって。学年主席譲ったことないんでしょう?」
「そのようだね」
 弘が学業においては優秀なのは知っている。万年主席というのも一応知っているが、未だに誰にも譲ったことがないのか。本人に確認したことなどなかった。
 ――ほんとに万年なのか。
 違和感がないからすごい。
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