Get me on |
暇と金を持て余した上流階級の紳士淑女たち。
――紳士、淑女、か。 ラウルは仮面の下で、 西の空に、まだ一筋のオレンジが残っている。今日最後の、太陽の輝きだ。 「今回はいつもと趣向を変えて……」 そんな理由から、そのパーティーは夜会と呼ぶには早い時間からはじまった。何を祝うわけでもない、何を祭るわけでもない、ただの時間と金の浪費。 パーティーは無礼講で、皆、顔を仮面で覆い隠している。ざわめく会場。惜しげもなく ラウルはぐるりと周囲を見渡した。友人であるルンペルシュティルツヘンも招待されているはずだ。 ――ヴァルグレイヴは来ていないだろうな。 紫水晶の瞳の、 ルンペルシュティルツヘンはどうだろう。お祭り好きの、若葉色の瞳の魔法使いは。 ラウルは長身だ。ヴァルグレイヴも平均以上の身長だが、彼よりもさらに高い。大柄、といった方がふさわしいかもしれない。 普通に立っているだけで、会場内を高い位置から見渡すことが出来できた。 ホールでは、気の合った男女が手を取り合って優雅に舞っている。仮面の下の瞳は秘密色――今夜は、名前も、身分も、秘密という甘い酒に溶かして、互いに知らないふりをするのが礼儀だ。 色とりどりのドレスが 不意に、視線を感じた。 ラウルは視線の糸を どこかから。 見ている。 見つめている。 こちらを、じっと。 ――相手はすぐに見つかった。 ラウルが立っている壁際の、ホールを挟んでちょうど真向かいに、相手はいた。 ホールでは幾組ものカップルが不思議なドレスを身に かなりの長身。男性の平均身長よりも高いかもしれない。にもかかわらず、彼女は高いヒールの靴をはいているようだった。着ているドレスは、夜の黒。華やかな色のドレスの中で、その黒はとても目立つ。身体にぴったりと沿っていて、胸元から 自信がなければ、到底着られるドレスではない。 赤い羽毛の仮面をつけていたが、素顔が美しいことはすぐに知れた。纏っている空気が、彼女の美を隠しきれないでいる。 ――隠すつもりがないのかもしれない。 そう思った途端、ラウルはその女に興味を抱いた。 長い黒髪は緩く波打ち、白い肌を際立たせている。深紅の唇は大輪の ラウルはゆっくりと、女の視線に自身のそれを絡め合わせる。 遠目でも、仮面があっても、わかる。女の瞳は、深い緑色。きらめく猫のような。 女が微笑んだ。 花が開くかのような笑みだった。 ラウルは息を 女はつかつかと、ドレスの 「ごきげんよう。あたしを見ていたようだったから来てみたんだけど――気のせいかしら?」 声も美しい。 「 「あら。なのにダンスには誘ってくださらないのね。それとも、あたしにはそうさせるほどの魅力はないってことかしら」 「まさか――」 ほっそりと長い指を 「貴女ほど美しいひとを壁の花にしておくとは、ここにいる男たちには、どうやら見る目がないらしい――今の今まで貴女に気づかなかった私も含めて、ね」 仮面の下で微笑むと、女が満足そうに笑みを広げた。 及第点、といったところだろうか。 「おひとり?」 「残念ながらね。貴女のお相手は?」 「あなたがなってくれれば、あなただと言えるわ」 女の黒髪が、蝋燭の光に揺らめき、繊細に輝く。深緑色の瞳は、今は 胸の中に、猫のように忍び込んでくる。女はラウルの腕の中で、彼を見上げた。深緑色の瞳が、ラウルの冬の海のような 女の細くくびれた腰に腕を回したまま、ラウルは彼女の瞳を ――遊ぼうというのか。 「ねえ」 女が口を開く。深紅の薔薇のような、誘惑の香り。 ラウルに自身を抱かせたまま、視線を外すこともせず、女はひたりと濃紺の瞳を正面から射抜いて、 「――あたしを、独占してみたくない……?」 逆らえる男が、いるだろうか。 ――ゲーム。 そうか。 ラウルは瞬時に理解した。 これは、ゲーム。ふたりきりの。 ラウルは笑った。ここで退くほど、 「そうだね。いいかもしれない。……では、独占させてもらおうか」 ラウルは右手を腰から外すと、女の 「――まずは君の、心から」 ラウルの言葉に、女は驚いたようだった。構わず、ラウルは唇を重ねる。 どちらが勝つのか。 まだわからない。 ゲームは今、はじまったばかりだ。 end. |
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