少年スワロウ His secret talk






 あれが本当に自分のものと同じパーツなのだろうか。
 と()らしたら、「大多数の女の子はわりと当たり前にできるわよ――もちろん例外もいるけれどね」と返ってきた。本当だろうか。本当なら、女の子の手は魔法の手だ。
「何て言いましょうか、ねえ」
 俺はグラスに氷を落とし入れながら言った。
五十鈴(いすず)さん俺のこと男だと思ってませんね」
 溜息(ためいき)まじりに。
 もうずいぶん前からわかりきっていることではあるのだが、言わざるを得ない。
 すると彼女は、大きな目をさらに大きくして俺を見遣った。意志の強いことが一目で知れる鳶色(とびいろ)の瞳が、俺を綺麗に映し込む。
 夏。薄着の季節。五十鈴の格好イコール極細ストラップのキャミソールとホットパンツ。
 太股、剥き出し。
 ソファの上で片膝を立て、薄い貝みたいな色のペティキュアを塗っている。
 夏。
 窓の外は目が(くら)むほど明るくて、白い、強い、如何にも滅菌作用抜群といった感じの強烈に清浄な光に(あふ)れていて、そのせいで室内は何だか暗い。影が濃い。 締め切った窓硝子(まどがらす)越しに蝉の声が聞こえて、空と激しいコントラストの緑色はそよとも動かず。エアコンが低く(うな)る音だけが響いて、グラスは汗をかいていて。
 ふたりきり、で。
 俺は少しときめいていたりもするのだが。
恭静(きょうせい)くん今いくつ」
 七つ年上の幼馴染みは、実にあっさりとしたものだ。
「今年で十五です。今十四」
「はっ」
 彼女は鼻先で(わら)った。小さな足の爪に、器用に色をつけていく。あんな (わず)かな面積に、はみ出さずに。凄い、魔法みたいだ、と不器用な俺は思う。
「毛も生え揃ってないお子様が」
「言ってくれますね見ますか」
 まったく相手にしてくれない上にこの言いよう。男として意識されていないのはわかっているが、さすがにそんな言い方をされると少なからずむっとくる。だから言葉は勢いよく棒読みのように真っ直ぐと出た。多分俺を知らない人間からしたら、こういうときの俺の物言いは年齢よりも大人びて、冷静に響いているの だろうと思う。
 ――大人びて見える、というのは、つまり裏返せば事実は子どもなのだという証拠なのだが。
 五十鈴は冗談でしょうところころ笑った。
「セックスもしないのに、見てどうすんのよ。つまんない」
「じゃ、しますか」
「何を」
 冷えたオレンジジュースをふたつ。ひとつを彼女に手渡した。五十鈴は薄茶色の髪を乱暴に掻き上げて、一気に飲み干した。からと氷が鳴る。
「セックス。するんでしょ?」
 薄く笑って揶揄(やゆ)するように。
 グラスに唇をつけたまま、五十鈴は眉を(しか)める。首は固定したまま、瞳だけをくるりと動かして俺を(とら)えた。
「恭静くん、彼女いるの」
 空のグラスの内側に声が反響して、くぐもって低く聞こえる。あまりにも予想通りの反応だったから、俺はにっこりと笑って見せてやった。
「さあ? どうでしょう」
「初めてじゃないの?」
「さあ、ね?」
 眉間に(しわ)が寄る。物凄く面白くなさそうな顔をして、
「うっわヤなやつ。かわいくなーい」
 と文句を言った。その様子を見て笑ってしまう。
「五十鈴さん、かわいいですね」
「ナ・マ・イ・キ。小僧にかわいいなんて言われたって嬉しくないわ」
「五十鈴さん、年上好み?」
 訊くと、五十鈴は花開くような笑みを浮かべた。
「自分を基準に三歳年上以下はお呼びじゃないわ」
「つまり俺は絶望的にストライクゾーン外だと」
「ミットに届いてすらいないわね」
 きっぱりと切り捨てられる。五十鈴は容赦がない。俺はめげない。何故なら俺は、この七つ年上の幼馴染みのお姉さんが、強気な顔の下で実は照れ屋だということを知っているからだ。それは駆け引きの中で、時に重要な意味を持つ。彼女の優位は揺るがないけれど、自分が負けるとも思わない。これは重要なことだ。この手の水面下の駆け引きでは、負けるかもしれないと思った時点で、半分以上負けてしまったも同然だから。
 ――最近のコドモは進んでるんですよ。
 とはもちろん言わないが、口元には笑みが浮かぶ。小僧と侮られるのは癪だが、子どもと甘く見ている隙につけ込んで一杯喰わせるのは、なかなか面白いかもしれない。もっとも俺としては、その程度のことは単なるプロセスのひとつでしかないのだが。
 経過が楽しくないのなら、得られる結果なんてたかが知れてる。――それともこういう考え方をすること自体が、まだ幼い部分なのだろうか。
 ――どうでもいいけど。
 使えるものはすべて使う。たとえ自分自身の幼さだろうが弱みだろうが、それが使える駒だというなら。有効な手段なのだとしたら。
 俺は手を伸ばすと、淡いピンク色の詰まった小さなボトルを持つ五十鈴の手を取った。俺にとっての不可能を、いとも容易(たやす)く可能にする魔法の手。
「何よ」
「貸してください。塗ってあげますよ、おねーさん」
 にこりと笑うと、五十鈴は苦虫を( )(つぶ)したような顔をした。
「気安くさわらないでよ、赤ちゃんが出来る」
「認知します」
「ばーか」
 べっ、と舌を出すと、彼女は乱暴に俺の手を振り払った。ボトルのキャップを閉め、やけに勢いのいい溜息をつく。溜息をついたというよりも、打つよう に息を吐き出した、といった感じだ。それから実に不機嫌な一瞥(いちべつ)をくれると、眉間に皺を寄せた仏頂面で、てのひらに収まってしまう小さなボトルを投げつけてきた。
「ツバメくんめ」
 舌打ちをして、吐き捨てる。ボトルを軽く受け止めて、俺は声を立てて笑った。
「何でもお申し付け下さいご主人様」
「言っておくけど、君のお役立ち度なんて打率に換算したら九厘足らずだからね」
 自惚(うぬぼ)れないでよ、と五十鈴は七つ年下の幼馴染みである俺を(にら)みつけた。



「オイコラ」
「はい?」
「誰が舐めろっつったよ」
「あれ、もしかして感じちゃいました?」
 五十鈴の顔が、ピシ、と引き( )り、それから完璧な冷笑を浮かべた。
「味噌汁でツラ洗って出直して来いやクソガキ」





end.





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