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 ゆめもベンチから立ち上がり、小鹿色の長いスカートをはたはたと叩く。コートの腕も左右叩いて、雪を払い落としているらしかった。
 本当は、払い落とせる雪などない。
 水分の多い雪なのだ。季節外れのシャーベット。身体に沁み込んでいくだけで、上辺だけで止まってくれることをしない。
 だから、とても冷える。濡れてしまう。
「ずっと片想いしてたんです。クリスマスにいっぱい勇気を出して、それでやっと、ですよ? そんなの、ふたりっきりになってロマンチックに過ごしてほしいじゃありませんか」
「理解できん」
「乙女心がわかってませんねえ。そんなんじゃもてませんよ。わたしは陣内さん、好きですけど」
 片想い? クリスマスに告白、晴れて恋人同士?
 ロマンチックに過ごしてほしい?
 ものすごくくだらない。それが乙女心なのだとしたら、本当に、心底、(かば)()てのしようがないくらいくだらない。
 でも、そんなくだらないことのために、ゆめはこんな寒い空の下で立っていたのだ。「ちょぉっと勇気を出してみようかなぁ」と思い、寛人の隣に座ったのだ。
 信仰を持っていないのなら、クリスマスはケーキを食べてプレゼントを交換するだけの、ちょっとしたただのお祭り程度のものだろう。それでも何故か大切にしている。そして、ゆめの友だちは、確かに今日が大切な日になった。
 理解も共感もできないが、ゆめが( こご)えていることくらいは寛人にもわかる。
 寛人はまた溜息をついた。
「おい」
「ゆめです。上月ゆめ」
「……上月」
「! ゆめです!」
 訂正は忘れていないが、名前を呼ばれたことがよほど嬉しいらしい。寒さに色を失っていた頬が、たちまち輝いた。
「今日はどうするつもりだ」
「どうする、って?」
「どこで過ごすんだと訊いてる。まさか外で立ちっぱなしなわけじゃないだろうな」
 そこまで馬鹿ではないと思うが、念のため。
 ゆめはあははと笑った。
「二十四時間営業のお店にお世話になります」
「迷惑だな」
「許してくださいよ。この辺ビジネスホテルもないんですから」
 ゆめの言うとおりだった。こういうところが田舎なんだよなとしみじみ実感する。いちばん背の高い人工物がテレビ塔なのだ。
「上月」
「ゆめですって」
 面倒くさい拾い物になるんだろうな。
 そう思った。
 これがクリスマスプレゼントなのだとしたら、贈り主は寛人を完全に誤解している。ゆめに贈ったプレゼントなのだとしたら、(ある)いはストライクなのかもしれないが。
「一晩泊めてやる」
「えっ……」
 あれだけ抱いてくれとアピールしていたくせに、ゆめはぽかんと口を開け、ものすごい間抜け面を(さら)した。それでもやはり美少女は美少女だ。
「なんだ、怖気( おじけ)づいたか?」
 それならそれでいい。友だちだって、ひとりしかいないわけではないだろう。みんなでパーティーをしたと言ったのだから、複数人はいるはずだ。
 乙女的に特別らしいクリスマスの夜に突然押しかけても大丈夫かどうかは知らないが。
 そのあたりは寛人の知ったことではない。
 ゆめは間抜け面のまま、自身の頬を赤いミトンの手ですりすりと擦った。
「いえ。……いやあ、急に受け入れられたのでびっくりして」
「屋根と布団を貸してやるだけだ」
「え。ええ? それだけですか?」
 怪訝(けげん )そうな顔から拍子抜けした顔になり、ゆめはまた唇を尖らせた。
「不服なら二十四時間営業店だな」
 意識的に眉間に(しわ)を寄せて言ったら、ゆめは勢いよく否定してきた。たたっと傍まで小走りで寄ってくる。
「不服じゃありません! お世話になります! でも……」
 思わせぶりに言葉を切って、寛人の顔を下から覗き込んできた。
 思わせぶりなんて言ったところで、続きはわかりきっているのだが。
「あわよくば抱いてほしいと思ってます」
 予想通りだったから、あまりの馬鹿さ加減に少し笑ってしまった。ゆめが大きな瞳をきらきらさせる。寛人が、たとえ少しでも笑ってくれたのが嬉しかったのだ。とてもわかりやすい。
「馬鹿だな」
 正直な感想だったが、もちろんゆめはこの程度ではめげない。
「否定しませんけどでも、わたしばーじんなんですよ」
「それはもうわかった」
 疑いようもない、甘い香り。
「……ちょっとくらい評価してくれてもいいと思うんですけど」
 そう言ってまた唇を尖らせる。
 幼い仕草だと思うのに。
 それ以上に、もうやめてほしいと思ってしまう。
 キスしたい。



 脱いだコートを両手で抱えたゆめが、物珍しげに部屋の中を見回している。寛人は苦笑した。
「意外か?」
「はい」
 素直な返事に今度は苦笑ではなく笑う。
 寛人の家は日本家屋だ。といっても新築そっくりにリフォームしたばかりだから、古いわけではない。洋室もある。
「高層マンションの最上階に住んでるイメージだったので」
「そんな建物ないってわかってるだろう」
「それとこれとは別ですよ」
 言いたいことはわかる。
「幻滅したか?」
 部屋も風呂もすぐにあたたまった。床暖房も利いている。つい先ほどまで凍える寒さの中にいたから、床暖房のぬくもりでつま先がじんと痺れた。寒いのは好きになれないが、この感覚は好きだ。

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