Sleeping Beauty  |  あとがき   


TRY HONEY






 ……胸焼けしそうだ。
 ぽかぽかお陽さまの気持ちいい午後、今日も今日とて日向ぼっこに庭に出た陸と魔王は並んでのんびり(くつろ)いでいた。
 冒頭の冒頭(ぼうとう)はもちろん魔王のもの。隣を見ての感想だ。
 陸が手にしているのは金色の液体が入った小瓶(こびん)。そこにスプーンを入れて、金色を(すく)()してもぐもぐやっている。
 他人が何をどう食べようが知ったことではないが、それは普通、パンや何かにつけて食べるものではないだろうか。
 膝を台に頬杖をついて、魔王は嘆息した。
「ん? 何? 魔王も食べる?」
「遠慮しておく」
「そう? おいしいのに」
 ルンペルシュティルツヘンが土産に持ってきた蜂蜜。ひとくちごとに、幸せそうに顔を(ほころ)ばせる。
 ――胸焼けしそうだ。
 いやそれなら見なければいいのだが、そんな些細(ささい)なことにうっとり嬉しそうにしている恋人はやっぱりかわいくて、どうにもこうにも目が行ってしまう。
 ふとした悪戯(いたずら)心から、魔王は蜂蜜の小瓶をすいと取り上げた。
「ん、こら。もう、魔王、何するの」
 非難するように見上げた陸の唇に、キス。不意打ちを喰らって完全に無防備だったおかげで、陸は簡単にいいようにされてしまう。
「ん、んん?」
 唇を(ふさ)がれたまま、陸はなんとか魔王から逃れようとする。が、上手くいかない。角度を変えて何度もくちづけられ、苦しくなって、陸は魔王の()羽色(ばいろ)の髪をぐいぐいと引っ張った。
「ふわ、あっ……」
 魔王の体重を支えきれなくなった身体がずり下がった。結局陸は押し倒されたかたちになってしまう。閉じた(まぶた)を刺し貫く陽光が(まぶ)しい。ついでに呼吸困難で苦しい。
「苦しいよ」
「すまない」
 ちっともすまなそうじゃない魔王の声。(あご)にキスされて、陸は小さく身体を震わせた。くすぐったくて笑ってしまう。
「甘いな」
 珍しく魔王が笑った。陸も、くすくす笑いながら、魔王の頬や額にキスを返す。
「蜂蜜の味」
「ああ」
 漆黒の針金のように真っ直ぐな魔王の髪が、陸の頬に(こぼ)れかかる。陸は、魔王の滑らかな頬にそっと触れて、白い床に流れる赤銅色(しゃくどういろ)の髪を()く彼を見上げる。
「ねえ」
「なんだ」
「魔王は甘いものなんにも食べてないよね」
「ああ」
「うん、やっぱり……」
 それなのに、と(つぶや)く。
 一体なんなのか。怪訝(けげん)に思っていた魔王に、陸はぺろりと言った。
「あのね。魔王は甘いもの食べてないのに、魔王とキスするといっつも甘いの。不思議だね」
 驚いた。
 陸は幸福そうに微笑んで、また魔王にキスをしはじめた。
 ――けれど本当に、何故なのだろう。
 誰としたって、くちづけるという行為に差などないのに。
「甘い――か。蜂蜜と、どちらが?」
「え? うん……そうだなあ……どっちだろう」
 揶揄(やゆ)の質問に真面目に考え込んで、困ったように視線を巡らせる。けれど、ふと思いついたように魔王の首に腕を回した。
「へへ。でもね、」
 陸はあまり食べ物を知らない。
 でも、チョコレートとかビスケットとか、砂糖菓子や蜂蜜ですら。
 きっとどんなに上等のものを集めてみても、
「魔王のキスの方が、ずーっと好き」
 言いながら陸はまた微笑んで、羽が触れるような幼いキスで魔王の唇に触れた。
 そう、ほら、やっぱり。
 どんなに高価な糖蜜だって、あなたのキスには敵わない。





end.
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