murmur * 2021

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2021.12.03

 

 本日から『聖クリスマス展』がはじまりました。どうぞよろしくお願いいたします! 通販が開始されましたらまたおしらせいたします。
 また、ギャラリー様の都合により、メインビジュアルが非公開となりました。詳細は今のところお聞かせ願えていないので不明点が多いのですが、私個人に問題があったわけではないのでご安心ください。というわけなのでクリスマスカードはお楽しみにできそうです。数時間という儚い命でしたが、Twitterでご覧くださった方、いいねをくださった方、ありがとうございます。クリスマスに改めてアップいたしますので、お待ちいただければ幸いです。


2021.12.02

 

 明日からはじまる『聖クリスマス展』に参加いたします。
 クリスマスは私の大切な友人が大切にしている日なので、私にとっても大切です。ペーパードールをつくりまして、これまでとはちょっと毛色の違う作品にしました。
 また、今回大変光栄なことに、メインビジュアルを描かせていただきました。とてもいい経験になりました。ありがとうございます、お話をいただいたとき震えました。
 肝心のイラストはと申しますと、ポスター向きにまとめた→ポストカードにしても見栄えするのでは? と思い、今年のクリスマスカードは『聖クリスマス展』を飾ったイラストにしました。わくわくお楽しみ感が薄れてしまうのは申し訳ないのですけれど、実にクリスマスカードらしいクリスマスカードが出来上がりましたので、お心当たりのある方は楽しみにしてくださるとうれしいです。
 今年はこれが最後の展示会です。一年間色々やってみて、なんとなくペースが掴めたような気がするので、来年はもう少しゆっくりペースの参加にしたいなあと考えております。


2021.12.01

 

『アプラクサスにさよならを』、完結いたしました。
 一年かけての連載でした。追いかけてくださった方、これから読むよといってくださる方、ありがとうございます。ご感想をくださった方にもお礼申し上げます。本当にありがとうございます。
 文庫本約三冊分という長編でした。八代が自立するために必要だったのがこの量なわけですが、『文庫本三冊分もかかった』と考えるか、『文庫本三冊分でこれまでの人生から立ち直り、成長した』と考えるか、皆様どちらでしょうか。私は両方だなあと思っております。両方だと感じるのは、私が書いた本人だからかもしれません。読者様の目線だとまったく違って見えるかもしれませんね。
 私は小説は必要最低限のことしか書きたくないし、実際必要最低限のことしか書かないので、基本的に削るのは得意だけれども水増しは苦手なタイプの書き手です。それでこの長さなので、そういう意味では「三冊分もかかったのか」と感じるのですが、彼がこれまで叩き込まれてきた傷や、他者や自己に対する加害、積み重なった誤解の重苦しさを思うと、「たった三冊分でよく立ち直ったなあ」と感じます。ご感想で「よく頑張ったね」と言っていただけたのがとてもうれしく思いましたし、なんというかこの作品は「よく頑張りました」の一言に集約されるような気もしています。「八代が頑張るということは弘も頑張ることになります、彼女も頑張ります」と書いたのが一月一日の雑記、実にそのとおりで弘も頑張りました。
 八代も弘も、それぞれが別の意味で、人間になれないと本当の意味で幸せになるのが難しいというふたりでした。なんとかできて本当によかった。ふたりだけではなく、ふたりの周囲の人物たちあっての成長です。
 ラストセンテンスに触れた瞬間「読んでよかった!」と思っていただけていたら、私はものすごく幸せです。
 作品としては非常に心残りなく終わっていて自分では満足しているのですが、失敗というか「やってしまった……」というのがひとつだけありまして。
 八代が自動車免許を取得していない。
 高校三年生で自動車免許取得が当然の地域、環境という設定なのに、免許を取らせてあげられませんでした。申し訳ない。彼のスケジュールが色々いっぱいいっぱいに詰め込まれていたので、入れるところがわからなかったというのが理由のひとつです。
 弘と八代はこれからも書く予定でいます。やっと人生スタートしたのが八代ですし、これまでの重いことがあるので、幸せターンを書いていきたいなあという気持ちがとても強いのです。鷹羽とか綾野とか次子とか伊織とか、みんなももっと掘り下げて幸せにしてあげたいなと思っているのですが、現在が不幸なわけではないので難しい……今のところ書ける気がしていません。それぞれ自分なりに幸福なので、これはこれでそっとしておくのがいいのかもしれません。
 ものすごく余談ですが、八代は『ありがとうの会』後、前髪がほんの少し短くなります。絵では私の力量不足ゆえうまいこと反映されませんが、八代が彼自身の意志で、ほんのちょっとだけすっきりめに短くします。眼鏡は相変わらずかけたままであるものの、気持ちの整理がついたのが少しだけ外見に出ます。こういうのも書きたいなあ。書きたいものは増えはしますが一向に減りませんね。
 ともかく、長くて短い一年でした。楽しかった! 皆さまにも楽しんでいただけていたら幸いです。


2021.11.26

 

 佇むひと。


2021.11.25

 

 とても興味深いご感想をいただき、私もまた感じるところがあったのでちょっとだけ紹介させてください。
 先日『アプラクサスにさよならを』にご感想をいただきました。ありがとうございます。その中に、八代の顔立ちの印象の変化というものがありました。なんでも、第七章まで読んだところ、八代の顔のイメージが変わったと。
 私はこれまで、彼の顔立ちは『可もなく不可もない顔』と認識していました。だから印象の描写はあっても顔立ちそのものの描写はほとんどありません。特筆すべきことがないのですね。本文中に『繊細さがある』、『母親似』とあるので、たぶん精悍なお顔立ちをイメージしている方は少なかろうと思います。読み返してみると確かに、きれいな顔立ちと取れる表現がたくさんあるので、私は自分で気づいていなかっただけで、もしくは自分がイメージしている以上にきれいなお顔立ちなのかなと、十年目にして認識を改めたところでした。
 こんなに書いているのに未だに掴めていないことがあるとか恐ろしいし情けないなあと思います。自分の中でのイメージのすり合わせがずれるときもあるのですね。今は、美形というほどではないけれども端正な顔立ちという認識です。
 そのご感想をくださった方によると、八代がいい意味で『他者を惹き込む美形』ではなくなったのだそうですが、たぶんこの『他者を惹き込む』というのは、引きずり込むという意味なのではないかなあと感じました。マイナスの魅力なのです。魅了する側も魅了される側も、精神的な成長や関係の発展といったプラスがない。刹那的でその場凌ぎで、心を受け取る気が一切ない。相手が八代に対してどう思っているかはともかく、少なくとも八代は相手に対して微塵の愛情もないし、敬意もなければ思い遣りもないという、目も当てられない状態というか。
 これまで彼が持っていた、彼を美しく見せていたものは、そういった他人に対する拒絶や自分自身に対する加害が根幹かなと。
 これは賛否あると思うのですが、私は、他人や自分自身に対する絶対的な拒絶や冷酷さ、冷淡さがあるからこそ成立している美はあると思っているので、これに該当するかなあと思った次第です。
 それがほどけたと感じていただけたのがとてもうれしく思いました。
 八代の変化といえば『十二ヶ月』『ハッピー・ホップ』が、まさしく彼が穏やかになってからのお話なので、『アプラクサスにさよならを』第七章まで読んで「八代、変わったなあ」と感じられた方には「ああ確かに変わってるな(再確認)」と思っていただけるかもしれません。
 弘についても色々感じたことを書いていただけてうれしかったです。神様ではなく、生身の女の子と思っていただけたというのは本当に……本当にもう……報われました。
 登場人物たちの成長を見守ってくださる方がいるというのは、とてもありがたいことだし、幸福であり、満たされることでもあります。
 読んでくださっている方、ご感想までくださる方、いつもありがとうございます。
 来月でいよいよ完結です。最後までどうぞよろしくお願いいたします。

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